君よ

今日こそ「海行かば」を聞きます。
 
 
https://www.youtube.com/watch?v=wXSCoKqy8MI
信時潔:《海行かば》
 
 
天日。
しっとりと涙雨。
そしてまた快晴に、荒々しい風。
 
徳のある御方はやはり自然と一体だなと
外に出て寂しく思う。
勇気を頂く。
 
西尾幹二さん。
皆がきっとあなたを踏んで行く事になる。
 
かえりみはせじ
 
 

この記事へのコメント

  • ツチノコ

    旧暦ではございませんが、
    社会一般としての挨拶をさせていただきます。

    新年明けましておめでとうございます。
    どうぞ今年もよろしくお願い致します。


    間違いと普遍 そして愛
    金と人間関係(物語)
    など

    について考えたので、
    お時間ございましたら
    通読していただけると
    僕は嬉しいです。




    ・ストレスは人間関係(物語)が作る。(教育・仕事)
     ストレスは人間関係(物語)が解く。(勉強・娯楽)

    ・都市の人間関係(物語)は肥大していく。
     田舎の人間関係(物語)は縮小していく。

    ・都市の娯楽は豊富だ。
     なぜなら、都市のストレスは肥大していくから。
     田舎の娯楽は貧乏だ。
     なぜなら、田舎のストレスは縮小していくから。


    なぜ、社会は亡くなった人の分の金を
    減らす仕組みを内包しないのか。
    それは
    ①都市と田舎の概念(差異・物語)を守るため。
    ②一方で普遍への探求心・概念の細分化と拡張
     一方で間違いへの依存心・概念の曖昧化と縮小
    ③一方で優れた文化とその文化を受け継ぐ。
     一方で文化を貶めてその文化を投げ捨てる。

    ①都市が社会人に要請する姿(物語)
     を達成するために必要な人間関係のストレスと
     そのストレスを解消するために
     求められる勉強と娯楽は相互関係にある
     高度に肥大化する
     社会人としてのマナー(教育・仕事)は
     高度に肥大化する
     ストレスの解消法(勉強・娯楽)
     と天秤の関係にある。
     
     この均衡が崩れた場合
     一方では過度に普遍を探求し
     一方では過度に間違いに心身が依存する。

    ②普遍への探求心とは勉強のことである。
     優れた美しい物語を探求していく。
     間違いへの依存心とは娯楽のことである。
     比較(物語・関係性の考察)を放棄し、
     醜い物語に依存していく。

     つまり、
     醜い物語なくして美しい物語は存在しえない。
     美しい物語なくして醜い物語は存在しえない。

    ③について

    受け継ぐ は 過去から未来へ

    受け捨てる 投げ継ぐ 
    という言葉はなぜか存在しない。

    だから普遍は未来のためにあるものといえる。
    そして過去のためにあるものは 間違い である。
    僕は誤解していましたが
    間違いは 愛ではなかった。


    時間が過去から未来に流れている
    という感覚は幻想である。
    つまり、実際はそれらの間で揺れているだけ
    という考えが真実でありながら
    なぜ時間の流れという概念が存在するのか。

    絶対時間 が 世界と私の関係
    相対時間 が 宇宙と私の関係
    であればそれは説明できるのではないか。

    変化しない世界と私の関係(絶対時間・色即是空)  
    変化する宇宙(膨張する宇宙)と私の関係 (相対時間・三世実有)
       

    愛は世界と私の関係であり
    普遍と現在と間違いは宇宙と私の関係である

    愛が色即是空(感情すなわち空)
    普遍と現在と間違いが三世実有(思考すなわち有)



    まとめ
    普遍的な美しい物語があり、
    間違いだらけの醜い物語があり、
    それが三世実有だと考えます。

    キリスト教の下での
    優性マッチョ拝金思想と
    間違いに侵されたゾンビの関係は
    仏教の下での
    上層と下層
    と違いが無いと僕は思ってしまうのです。

    情報が簡単に伝達できる近代で
    キリスト教と
    仏教との分類は既に機能しておらず
    統合された三世実宇における
    美醜思考を共有しているのではないでしょうか。

    通読ありがとうございます。
    2025年01月02日
  • 批評界の管理人

     
    ツチノコさんへ
     
    新年の御挨拶を有難うございます。
    お待たせしました。年末年始に体調を崩してしまって不本意な寝正月を過ごし、持ち直して来て今にございます。記事の更新が滞っているせいで喪の記事のまま新年を迎えてしまいましたことも、すみません。あらためまして29日に御挨拶を申し上げますね。
     
    さて、コメントに頂きましたお考えについて何を答えて差し上げるべきか悩むところです。
    一見どうもよく分からない論理ですが、どうやらツチノコさんはこの社会に起きる矛盾の仕組みを解明したいのでしょうか。二つの状態を相対させて考えて、そこに他の要素を持ち込んで、無理矢理に三元にしようとしているように見えます。
     
    例えば最初のお考えでは、ストレスが「作られる」と「解かれる」を相対させて、それをコントロールする要素が「人間関係」である、と考えているようですね。
    そして、その人間関係が最初は間違っているけれど、最後には完全普遍に到達すべく、時間が流れているというのですね。
    分かりやすく例え直すなら、私たちは初期に間違いを犯すけれども、勉強をしていつか完全な世界を作る事が出来る、ということですね。
     
    これを聞いて私が思うのは次のことです。
    「完全な世界へ人が向かっているのであれば、どうして間違いは必要なのか」
    最初から完全であったら何か問題があるのでしょうか。
     
    2025年01月11日
  • ツチノコ

    コメントありがとうございます。

    しかし、なんと返事をすればよいのか
    見当もつかないので
    とりあえず90日考えてみます。

    よろしくお願いします。
    2025年01月14日
  • ツチノコ

    コメント失礼します。

    90日とお伝えしましたが、まず一つお聞きしたいことがあるので、コメント致します。

    間違いを無くして完全を有らしめられますか?

    つまり、これは
    理想=現実と邪魔
    の関係に置き換えられませんか?

    理想と完全を同一のものと見た時
    完全=現実
    となり
    それはつまり
    比較の無い宇宙ではないでしょうか?

    よろしくお願いします。

    2025年01月24日
  • 批評界の管理人

    ツチノコさんへ
     
    「間違い」というものは、三つの間(時間・空間・人間)の違いのせいで、理論上は相反する二つの状態が生じてしまうこと(矛盾)を言うのでしたね。
    ですから、乱歩さんの記事に書きました「現実=理想+邪魔」という理論上の要素のどれかに間違いを当てはめて考えることは出来ません。すなわち、間違いは邪魔ではないということです。もちろん現実でも理想でもありません。
    ここで間違いを例示するならば、「現実=理想+邪魔」と「現実=理想-邪魔」は同時に成立しないはずなのに間違うと成立するかもしれない、ことだと言えるでしょう。「間違い」はこの論理式の中にあるのではなく、外にあるわけです。
    つまり私が提示した「どうして間違いは必要なのか」の問は、「どうして三つの間は必要なのか」と言い換えられるかもしれませんね。
     
    時間も空間も人間もなければ、宇宙は動きの無い暗闇になり、それは完全だと言えるかもしれません。しかしもしかしたら、間違いも含めたこの世界も完全なのかもしれません。すなわち、三つの間による流動は宇宙を成立させるために必要なシステムなのかもしれません。
    間違いを無くすと完全になるのか。それとも間違いも含めて完全なのか。はたまたこれは不完全なのか。
     
    2025年01月28日
  • ツチノコ

    ありがとうございます。

    考える時間をいただきます。
    2025年01月28日
  • ツチノコ

    新年明けましておめでとございます。

    昨年もたくさんお世話になりました。
    今年もよろしくお願いします。
    2025年01月29日
  • ツチノコ

    コメント失礼します。

    よろしくお願いします。

    この遠回りの思考が
    やがて解る答えの
    礎となると信じます。



    三つの間が宇宙を成立させていると考えた場合の、
    三つ巴が示す世界のあり方。
    巴:渦を表す という説
    渦は流れが岩と衝突して出来る。
    あるいは流れ同士がぶつかってできる。
    つまり、また人間も流れるものである
    といえるはずです。


    太鼓に三つ巴が描かれている事から
    太鼓が鳴るときに
    時間、空間、人間、
    それぞれ三つの間が共鳴する様を想像しました。


    時間、空間、人間 の内
    なぜ「じんかん」と呼ばれないのかについて考察します。

    カン:還、感、完、環
    ゲン:元、現、言、減、源

    カンゲン:還元、甘言

    こうして漢字を並べてみると、
    完と元 
    の関係性は興味深いです。
    ウ冠が宇宙でると仮定したとき、
    時間と空間 と 人間
    は成り立ちとして別であると考えられます。


    僕は、すべての言語は
    人間の言語たり得たとき
    例外なく
    通底する宇宙と世界の真理を
    表してしまうのだと信じています。


    Youtuberのチャンネル登録数に上限を設け
    上限を超えた場合チャンネルを削除する
    という設定を作ったらどうなるか考察します。
    そして、この現象と
    世界から金銭の総量が減少しない理由
    とを相対させて
    人の記憶が褪せていくこと、
    そして人間の死を考察していきます。


    人気が集約されることを防ぐと
    プラットフォームの人気の総量が
    減少するだろうか。
    おそらく減少します。
    またそれは、人気の上昇に
    人間は介入できることを意味しているはずです。

    そしてこれを
    人間は金銭のインフレに介入できるか
    と言い換えてみます。

    僕はできると思います。
    しかし同時に、
    それは達成しえないことであるとも思います。



    :文化の発展にインフレが必要条件かどうか。
    もしこの仮定が真であるならば、
    永遠の繁栄は在りえない。
    もしこの仮定が偽であるならば、
    永遠の繁栄は在りえる。

    これまでの管理人さんとの会話から推察するに、
    僕の答えは 真 であり、
    管理人さんの答えは 偽 でしょう。

    なぜ僕の答えが真なのか。
    それは
    文化の発展とインフレは共に在ったからです。
    また、
    記憶は褪せるからこそ美しいからです。
    それは文化はいつか滅びるからこそ美しい
    と言い換えられると思うからです。

    過ちを無くしたら、未知は有りえないでしょう。


    読んでいただき有難うございます。

    2025年02月09日
  • 批評界の管理人

     
    ツチノコさんへ。
    返信お待たせしました。今年は温かいのに雪がドカッと降って何かと忙しいですね。
     
    ①三つ巴のお話
     
    「流れ」は「時間」と「空間」がなければ成立しないものですね。その流れに変化が起きるには、何かぶつかる存在が必要だということですね。
    その存在をツチノコさんは岩という物で表現されましたが、人を置けば「人間」を考えることが出来ると思います。
     
    ②なぜジンカンと呼ばれないのか
     
    恐らく訛っただけだと思います。ジンカンとニンゲン。
    読みなんてしょっちゅう変わるものです。意味が変わってはいけませんが。
     
    ③?
     
    何のお話なのか分かりません。
    チャンネル登録数の上限とは動画ファイルを上げる側の上限?それとも運営側の?視聴者の?どちらにしろ動画の保存数が増えなくなったら、過去動画の方から消されていくルールになるとお考えでしょうか。
    そこに人気の集約がどう絡むのか。テレビがまさしくそれで、保存が出来ないせいで放送した先から消えて行きますが、それでも人気は生まれましたよ。
     
    インフレとは何か。
    経済学で学生を煙に巻くための言葉ですね。物価上昇だなんてそれっぽいことを言われて分かったような気がしてしまう人が多いようです。
    そもそも人気とインフレは何らの関係もありません。例えば、とあるアイドルに人気が集中して公演のチケット代が10倍に上昇したとしても、それはインフレではありません。チケット代を下げたければ下げれば良いだけのこと、上げたくても無限に上げられるわけでもなく、すなわちそれが適正な価格です。
    また最近に、米価の上昇をインフレだと臭わせているテレビ報道がありますが、問題はインフレではなく米不足です。物が不足して価格が上昇する、しかし米の収穫量に問題はなかった、つまり買い占めて市場操作をしている輩がいる、ということです。テレビ会社はその輩を守ろうとして国民を騙しているわけですね。
    ではインフレはどのようにして起きるか、というと格差から起きるのですが、説明をすると長くなるので必要でしたらおっしゃって下さい。
     
    文化の発展とインフレについて。
    ツチノコさんの頭の中で文化とインフレと人気がゴチャゴチャになっているように見受けました。その上に発展や繁栄という不思議な発想が絡まって複雑化しているようです。
    文化とは発展するものでしょうか。
    人気が集まると金銭が増加して発展する、と考えていませんか。それは具体的にどのような事を想定しているのでしょうか。
     
    2025年02月16日

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