内山 節 「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」

uchiyama.jpg三(意味レベル):日本民族学を著者の解釈でまとめ直したもの。
2から4(感情ステップ):日本の神秘への興味と生活そして修行。



2007年。
著者:内山 節(うちやま たかし)、編集:講談社。
随想、39字×15行×178頁(内タイトル目次白13頁)。
構成スタイル:論文。
主張:学問を装った啓発。
ジャンルと要素:ノンフィクション(群馬の山村について聞き書き)、随想(昔の人の生活について)、推理(歴史の成立について)、社会(近代の西洋思想に侵された日本の現代)、倫理(知性に支配されない生活と記憶)、ほか。


批評。
 狐が人を騙すお話を知っているかと聞かれたら今の私たちはどうも昔話を連想してしまう。
 江戸時代かもっと昔の時代にどこかの間抜けな村人が迷い込んだ山中にて青白く光る美女に誘われる。夢のような一夜を過ごしてみたら、朝には葉っぱの布団に寝ていて昨夜のご馳走は泥団子だった、なんてお話があったような、なかったような、聞いたことがあるような気がするのに、誰に聞いたともはっきり言えない物語。
 多くの人が似たような物語をあやふやに知っているなんて、狐につままれたような不思議だ。

「日本人は狐にだまされたい」
 では問題の核心から解いていこう。狐は人を騙すか。
 この問について平成から令和の今を生きる我々は両極の答えを保持している。すなわち、それは創作の上にあることで、しかし現実においてはないと、考えられているだろう。現実にないものが創作にある。これをどう捉えたら良いのか、今回のテーマとなる。
 この事態を冷静に分析してみると意外にも昔話という連想は間違っていることが分かる。というのは最近の漫画やアニメ作品においても動物が人語を話す作品は数え切れないほども作られているからである。狐という動物に人間が騙されるお話を不思議物語と読むのであれば、動物と普通に会話をして冒険もして戦争までする現代の作品群もまったく同質のものと言えるだろう。特に私たちがファンタジーだと誤解しているジャンルである。それらの不思議物語には現代でも(むしろ現代の方が多く)ファンが付くわけだから、本当は「今日も日本人はキツネにだまされている」と言える。
 それでは「だまされる」とは何なのか。日本各地に狐や山の動物と交流したお話があるだろうに、それらは総じて「だまされた」と言われる。例え、狐に助けられたお話があったとしても「キツネにだまされた」ものの一種としてまとめられる。誰が騙されているというのか。ここまでを読んで勘の良い人は気づくだろう。どのお話においても騙されているのは聞き手(読者)である。
 「キツネにだまされる」のは狐が主人公を騙すお話ではない。狐の登場する不思議物語に、読者が騙されるお話だ。「だまされる」を詐欺か何かに引っかかる意味合いで苦に捉える人もいるかもしれないが、これは創作として読者に望まれる騙しである。「物語を読む」ということがそもそも「だまされる」と言われる行為なのだ。面白いことに、読者は進んで「キツネにだまされたい」と思っている。動物が人間のように人間と接してくれる物語を多くの日本人は望んでいる。

「狐の神秘性」
 となると本の題名におかれた問題もクリアに見えてくる。現代になくなったのは「日本人」や「だまされる」ではなくて「キツネ」である。狸や白鼻芯はまだ見かけるが野生の狐と出会うのは難しい。都会に生まれた若い人なら狐を直に見たことのない人の方が圧倒的に多いのではないか。その人たちに狐を見たいと問われたら、私だってどこかのテレビドラマに騙されて「北海道?」と答えてしまいかねない。あのキタキツネは本土のキツネとは種が違うので人を騙すことはあまりない(すなわち北海道民は狐と人間じみた交流を望まないようだ)。
 本土の狐は基本的には山に住んでいるが、彼らは神経質な動物で人間の社会に馴染まない。なので昔から人との接触は少なかっただろう。それゆえよく解らない狐の生態は山の神秘性と親和して、人々は狐に不思議な力を期待した。それで狐は霊的に恐ろしく語られることも多いが、実際の狐を観察してみると感情が豊かで愛らしい動物である。不思議な力を持って、人をからかう愛嬌もある、狐の物語がこうして生まれたのは想像に難くない。
 では本書のように「キツネにだまされなくなった」と考える日本人が増えたことは狐との交流が減ったことに起因するのだろうか。というとその通りなのだが、ここに大きな誤解が生じる。現代人が狐との交流を失っているのは確かだが、人と狐は昔からあまり接点がなかったとも述べたばかりだ。どういうことだろう。
 日本人と狐の交流が減ったという一文を読むと私たちは大抵、日本人は人類創世の昔から狐と交流してきたのに、ごく最近の平成あたりに激変が起こって狐との交流が減ってしまったと、間違えて解釈する。こういう言い回しは「最近は変だ」と啓発したい活動家によって頻繁に悪用されてきた。それで私たちは今が異常な世界だとか、自分を過度に悪いものだと考える、おかしな思想に苛まれる。
 今日を生きる私たちは誰の物語に毒されたのか、この手の問題を「文明化」という言葉で片付けてしまいがちだ。例えば、大人気のアニメ映画監督も「動物=自然」に対して「人工=文明」を戦わせて人間を批判する作品を多く作る。その時に決まって人間は自然を破壊する悪の側に立ち、自然への崇敬を文明の力(火器重機)で踏みにじる。これを見て多くの人はこう考える。我々人類は、文明の発展に甘んじた、その力により自然を破壊したせいで、自然を代表する獣たちが減って、私たちは自然との接点を失ったのではないかと。
 真実はそうではない。例えば、山へ木を切りに入ったら狐に出会う可能性は高くなるだろう。自然を破壊しないようにと山に近づかなければ狐に出会う機会は減る。自然を破壊する時こそ人間と自然の接点は増えるのだ。狐との接触が減るということは、自然から離れているわけであり、自然に対する未知の神秘性が増す。だから不思議物語は流行する。すなわち江戸や東京という都会志向の時代には、山や田舎の神秘性は増す。すると山へ入りたいという破壊的な興味も生まれる。ということは、日本人の多くが「キツネにだまされなくなった」と感じるならばそれは「狐との接点が増えた」ことを意味している。
 つまりこういうことだ。本の著者が主張する一九六五年が狐物語の終焉という言葉を信用するならば、その前後あたりの時期に、多くの日本人が山へ入った。狐の生態も調べ尽くした。そうして神秘性はなくなってしまった。次の平成時代には飽きて、今の山は野放しになって、私たちと狐の接点は減った。それで山の神秘性は回復しつつあるが、昭和人がまだ健在の今では狐の不思議物語を書いても騙せないので、別の創作動物などを題材にすることが多くなっている。最近の日本人が特別に山から離れているのではなくて、その前の昭和期に山へ入り過ぎたのだ。
 今日もまだ山を見ればまるで黄泉の国へと向かうかのように、頂上へと人の踏み固めた道を、老人たちが縦列に並んで登って行く様が見られるだろう。彼ら昭和世代は山を散々踏み荒らした。山の神秘性を学びに行く振りをして、里の現実感を押し付けに行く。そうして支配した山を知り尽くした気持ちになる。だから狐には騙されない。そんな自然との付き合い方が昭和期に流行したのだった。狐との接触は増えたが、狐に期待していた神秘性との交流を失って、私たちは自然の獣たちを放し飼いのペットくらいにしか思わなくなった。
 先に説明した通り、人を騙しているのは狐ではなく作家である。人々が山に求める神秘を表現するために、昔の作家は狐に物語のナビゲーターを任せた。描かれる狐は人の愛嬌をもって人をからかいながら、人間世界の外の可能性を不思議に教えてくれる。狐の神秘性は元より創作上にのみ存在したものだった。しかし昨今の作家が動物を描くとそれは少なからずペットになってしまって、結局は読者主人公を喜ばせるためのキャラクターにされてしまう。これには山を侵した昭和人が、山の獣に神秘よりもペット化を望んだ現代の、現実を反映させているわけなのだ。

「歴史学を社会科学から文化人類学へ」
 それでは続けてこの本の著者の主張を見ていく。
 著者はこの神秘性のことを哲学と呼んで、科学的に論証する最近の歴史学に対して、神秘性を求む文化的なものから推考する歴史哲学という分野を開拓したいと狙っているようだ。詳しく説明すると、今の歴史学は事件と、支配者と、社会形態だけを分析するものだが、それらのすべてを起こしているはずの大衆の考え方を分析する歴史学の一派が必要なのではないか、ということだ。これには一考の価値があるだろう。やれ太平洋戦争が総理大臣が民主主義がと言っても、実際の民衆はそれと関わりのない生活をしているもので、しかし様々な事件はその民衆が温床になっている。それなのに今の歴史学は民衆の生活を見ようとしない。
 ただし、見ないというよりも見れないと言った方が正しい。当時の民衆を考えさせた時代の空気のようなものを今の人は味わうことが出来ない。今回のテーマで言えば、今の私たちが狐のドラマ番組をテレビで見ながら、昔の人たちが狐の不思議物語をどのように読んでいたのか想像するのは難しい。これを歴史学に持ち込むと歴史のすべてがドラマ談義になってしまう。歴史学はこれを回避するためにあえて科学的な論証を徹底してきた。雑多な民衆の生活感の部分には手の出しようがないとも言える。
 これにアプローチするのが文化人類学である。民衆の生活からすべてが生まれるならば、それを歴史と絡めて時代考証する必要はない。生活を描けば人々の行動も社会も見えてくる。どうしてそれを歴史学と結びつけようとするのか、著者には今の民衆の歴史観を変えたい思惑があるようだが、しかし歴史を時代に分けて比較研究する学派は曖昧な文化論考を毛嫌いするので、著者の主張を受け入れるのは難しいだろう。特に本書の四章にある民衆の生活を「みえない歴史」として認めさせようとする下りは、歴史家からすれば認めた上で曖昧だからあえて外して考えているわけで、相手にされないだろう。
 私の方としては哲学という言葉をここに使わないでほしい。哲学とは「日本人」「キツネ」「だまされる」「なくなる」などに付きまとう「なぜ」を深く掘り下げていく学問であって、文化や神秘といったものを持ち上げるためにあるわけではない。この本は「キツネにだまされなくなった」民衆の意見をいくつかのパターンに分けて並べて、結局よく解らない裏に日本人の求めてきた神秘性があると結論してしまうが、哲学的には浅くて話にならない。未知に神秘性を感じるまでは多くの人が共感で理解すると思うが、では既知に神秘性を感じなくなるのはどうしてか、上で述べたような考察までいかないと「キツネにだまされる」とは何か(それは創作なのだという答え)が見えてこないだろう。
 神秘について、現代人は知性(現代の学術常識)にかぶれて感性を疎かにするから狐の霊的なものを感じられなくなったという著者の論考も、浅い。今の大衆が漫画やアニメに感情的なものを求めている現実は学校の配下にあるわけではないからだ。霊的なものの説明に本書で例示されるものも、群馬の一山村の一人の意見が日本の代表のように書かれていて、違和感を感じる。オカルトチックな安倍晴明や、昭和の民俗学で一世風靡した穢れの思想などを鵜呑みにしている解説も研究としては中途半端だ。哲学を謳うならば、あらゆるものを疑い抜く姿勢が必要となる。
 しかしながら著者の観点の良いところもあって、歴史事象を学問として冷静に分析する(客観視)ためには、支配者などを主体的に見るのではなく、客体(民衆)を見よというその主張は言い得て妙である。今の学問が日本の文化観を消滅させてしまうという著者の危機感のようなものも、間違いではないと私も思うので、そういう良い部分を修験道やら霊的などオカルト方面へ持って行かずに、徹底的に疑って分解分析していく哲学的な修行を著者に求めたい。
 観点良し、考察浅し、といったところ。


私による要約。(気になる部分があれば原書を確認すること)
まえがき(3p)
 キツネにだまされた物語がなくなったのは、なぜか。
 
第一章 キツネと人22p
 一 キツネにだまされることは科学的論証が不可能なので歴史哲学として論考したい。
 二 古来より日本人はキツネに超能力を感じていた。
 三 近代日本の政治的な見方に「とらわれた精神」から自由にならなければならない。
 四 私たちの世界は目には見えない生命や霊的なものの介入を受けている。
 五 キツネにだまされた話。パターンⅠ、キツネは登山者の隙きを突いて弁当を盗んでいく。パターンⅡ、町中でも食料の運搬中に一休みすると荷物が消えていることがある。パターンⅢ、キツネが人に化けて人をからかう。パターンⅣ、キツネを警戒する釣り人の魚をも取る。
 六 村人たちは「日本」神話とは異なる神々の世界を、不可視的な異次元の世界として感じていた。
 
第二章 一九六五年の革命(37p)
 一 一九六五年(昭和四十年)あたりを境に人がキツネにだまされた新しい話は発生しなくなる。
 二 戦後高度経済成長を経験して経済が神になり、自然が発しているメッセージを読みとる人間の能力が衰退した。
 三 戦前の精神を「迷信」や「まやかし」として否定する「科学の時代」への変化をあげる人もいる。
 四 人々の情報コミュニケーションの形が自然から読みとる口語体からメディアが流布する文語体に変化したという説もある。
 五 教育が進学受験へと一元化されて「村の教育」が減少した、とみる人もいる。
 六 死生観の変化もある。かつての日本人は自然世界を清浄なもの、人間世界を穢れととらえていた。ところが村から離れた人は自然とのコミュニケイトをなくしてしまった。
 七 自然観の変化もある。仏教の我を捨てた自然(ジネン)の生き方(オノズカラ)を失って自然(シゼン)を資源としかみなくなった。
 八 人により開発された人工林では霊力を身につけたキツネが住めなくなった、という説も少数ある。
 九 なぜキツネにだまされなくなったのかを問うと、一九六五年頃の自然と人間の革命が何だったのか浮かび上がってくる。
 
第三章 キツネにだまされる能力(41p)
 一 群馬県の上野村には昭和二十年頃まで「山上がり」という風習があった。破産に追いこまれた一家は「山上がり」を村で宣言すると誰の所有する山で暮らしてもかまわない。
 二 江戸時代に霊や魂といった思想が政治的(社会)に語られるようになり、農村では祖先信仰と融合した。キツネに感じる「自然の霊力」が人間の日常世界へ降りてきたといえるだろう。
 三 修験的な精神において、人間は自己主張するから霊が穢れ、自然は自己主張しないからオノズカラの無為自然に霊を浄化できる。
 四 村人は田畑を荒らす害獣を狩猟しつつも尊敬を払っていた。この絶対矛盾の概念は自然と我欲を明確に分けられない不安から生まれる日本の伝統的な民族精神である。
 五 オノズカラの自然の中で人間は自然そのもののあり方とは違うことをする。百姓は身近に自然を感じて悉皆成仏の天台本覚思想を受け入れた。
 六 一九六〇年代後半に私は自己解体を美だと思った。自然を神とする絶対他力の思想が民衆の根底にあった。
 七 現代の私たちは生命を個体性でとらえるが、生命が自然という全体の一部であると感じられることが、キツネにだまされる人間の能力である。
 
第四章 歴史と「みえない歴史」(25p)
 一 自分を包む世界(客観的自然)が変われば「私」の主観も変わる。
 二 歴史学は制度史や思想史であるが、そこに自然と人間の歴史を切り捨ててよいのか。
 三 私たちの歴史観は現代の世界からみる現代主観の物語に過ぎない。客観的事実をとらえるには、その時を生活していた人々の暮らしが歴史にどのような影響を与えつづけるか読み解く必要がある。
 四 歴史事実は一つの(普遍的な)客観ではなく、さまざまな人々の視点から多様に存在する。
 五 歴史書はどれも中央における私史であるが、いつの間にか国民の正史にされる。そこでは現代人の価値基準により昔の生活を「みえない歴史」にされる。
 六 歴史は発展の段階だとみられる。しかし後退や破壊も生んでいる。
 七 森の近くで森とともに暮らしてきた人々の大きな歴史は「みえない歴史」として存在している。
 
第五章 歴史哲学とキツネの物語(22p)
 一 経済活動の奥に全体を貫く「経済法則」があるように、歴史にも偶然性に満ちた展開の奥に全体を動かしている法則が存在するのではないか。
 二 いまの私たちの歴史学は絶対的な因果関係を考えるヨーロッパ特有の精神の上に成り立っている。
 三 ヨーロッパの近代哲学は、歴史を客観的に肯定する流れと、それに対して歴史は客観できない全体の一部に過ぎないと考える流れに、二分される。
 四 私たちは自分の個人史でさえ膨大な思い出のほんの一部しか思い出せない。しかもそれは現在の問題意識により再生される。
 五 その知性からはみえない身体の記憶と生命の記憶がある。生命の記憶とは「魂」とか「霊」という言葉に仮託される「遺伝子」である。
 六 私たちは「現在の知性」のみを歴史だと思っている。しかし歴史発展してきたという私たちの現代生活は身体や生命の充足に乏しい。
 七 身体や生命の歴史は社会発展を考える合理的な知性ではつかめない。
 八 現代の私たちは知性を絶対視するからキツネにだまされる物語が生まれなくなった。
 
第六章 人はなぜキツネにだまされなくなったのか(13p)
 一 キツネにだまされていた時代とは何か。
 二 日本の豊かで扱いにくい自然を改造して村の自然ができた。
 三 その村の神や仏はその村でつくり変えられた自然であり、つくり変えてきたご先祖である。
 四 私の暮らす上野村の葬儀は神仏一体の習慣である。
 五 村人には知性と、技術としての身体と、伝統する生命によって引き継がれる三つの歴史がある。
 六 一九六五年頃を境に身体性と生命性の歴史が衰弱して知性だけの歴史になった。
 七 身体性の歴史は技を受け継げば感じられる。生命性の歴史は神事などに仮託しなければみえない。その本質は先祖から受け継ぐ生命「おのづから(私)」である。この生命性の歴史を衰弱させた私たちはキツネにだまされなくなった。
 
あとがき(2p)
 日本の近代化とは何だったのか、まだ明らかになっていない。

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