素晴らしい日本へ

元旦に浮かれる日本の様子を眺望しまして
 
私はこれを素晴らしい事だと思ったのです。
そして、ああ日本は大丈夫だなと
このまま長い時間をかけて
自然回復して行くのだろうと感じました。
 
テレビはNHKだけが変な動きを見せましたが
一般にはそんな日本らしからぬものもなく
多くの日本人は落ち着いて浮かれている
日本文化の居心地の良さがあります。
 
おとなしく日本を好いて
そこはかとなく日本を好く
これ好日と。
 
ニッポンではない
そんなスッポンみたいなダサいものではなく
にほんの国なのです。

 
この国に生まれて嬉しい。
こういう当たり前の喜びを
言ってはいけない風に我々は教育されました。
嫌国心とでも言うのだろうか
自分と我が国を蔑まなければならないという
あの洗脳。
それを広めていたのは西洋国ではなくて
実はその仮面を被った隣国のゴブリンと
それを邪な目的で招き入れる
愚かな売国奴の活動でした。
 
そういう匪賊から私のような者は
ネトウヨと呼ばれるようなのですが
私は右翼も左翼も煩いものは嫌いなのです。
 
静か、これこそが平和。
 
そして心は激動。

 
さて、そうは言いましても
自国を賛美するのは自分を褒めているような
ナルシストになってしまったような
どこか後ろめたい他者の視線を感じる人も
いるのではないかと思います。
 
そこで今日は
御神輿の話をしましょう。
 
三島由紀夫さんが自決される前に
御神輿を担ぎに行ったお話は有名でして
彼はそこで一つの重要な答えを得たのですが
これに対して石原慎太郎さんら多くの論客が
勘違いだ頭がおかしいだ演じているだけだと
野次を飛ばしたわけです。
 
この重要な答えというのは
ニーチェのディオニュソス陶酔が
日本人においても通用するという発見であり
三島さんの実践研究の集大成であったのですが
石原さんとかそこらへんの人には
残念ながらニーチェを理解し得ないのでした。
 
ニーチェのお話は今日はしません。
今日のテーマは御神輿理論です。
怖がらずに心して聞いて頂きたいです。
いきますよっ!

 
天皇は神です。

 
これは最も言っちゃいけない言葉だそうです。
もうこれを言った時点で
あー、やっちゃったわこのブログ管理人
うよくうよく、この人あたまおかしーわ
って、なるのです、今の日本は。
 
陛下だってトイレへ行くんだぞと
知ってますよそんなこと。
拝見した事はないですがきっとそうでしょう。
人です。どう見ても天皇は人間です。
天地を創造しているわけじゃないですよ。
その神ではないのです。
 
つまり私は
人間であっても神になれると言いたいのです。
なぜそうだと言えるか。
それが御神輿理論です。
 
御神輿というのは神様の乗り物ですね。
だけどあれは物体としてみれば
木を切って組み立てただけの箱です。
あれのどこが神の船なのでしょうか。
そこで考えて頂きたいのです。
御神輿はどうやって御神輿になれるのか。
 
どこかの神主が白い紙をバサバサやるから? 
祝詞を上げるから? お神酒を上げるから? 
違うでしょう。
答えを言えば
御神輿は担ぐから御神輿になるんです。
御神輿という物体が御神輿じゃないのです。
担ぐという行為が御神輿にするのです。
 
御神輿には神様が乗ってくれるんですよね。
それは私たちが担ぐから
乗ってくれるんですよね。
神様が乗りたいって言い出したから
私たちが担いでやってやるわけじゃないです。
私たちが神様に乗って欲しいと思うから
担がせてもらうのです。
そうして担ぐからこそ
きっと神様は乗ってくれるのです。
 
分かりますか。
私たちが天皇を担ぐから
天皇という御神輿に神が宿るのです。
象徴体ってそういう事です。
陛下御自身が神ではないのです。
すなわち
国民が担いでこそ
神々の日本文化は成り立つのです。
 
当然のお話でしょう。
みんなが頑張って日本を担いでゆく。
だから日本はどこまでも高まって行ける。
何の努力もせずに
日本とは何か、日本は良い国か、好きか嫌いか
そんな文句ばかり言って座りたい愚民では
高まって行けるはずがないのです。
わっしょい、わっしょい、って
私たちの文化を担う日々の努力が
私たちの精神を崇高な世界へと高めて行く。
 
陛下の御人柄が良いか好きか尊敬出来るかと
彼の身体を評価する事ばかり言われますが
それは全く間違いです。
私たちは日本を担ぎたい。
陛下は私たちの向上心を汲んで
その御神輿の役目を全うする決意をして
名乗り上げたのです。
 
船は世界の荒波の上を浮っき浮き
我々の精神を天まで乗せて
担がれてゆく
静かな海は平和の日
私たちの心の活動は上昇する
こんなに素晴らしい事が他にあるでしょうか。

 
三島さんは御神輿を本気で担ぎながら
なんて素晴らしい国に生まれたんだろうと
高揚していたのです。
海底で怯える盲目の醜い深海魚たちは
釣り上げられると目玉が飛び出すから
空が怖くて怖くて仕方なかったのです。
 
だけど心配する必要はありません。
私たちは船に乗らないのです。
海の中から落ち着いてわっせわっせと
船を走らせる。
 
ああ、もう日本は大丈夫なのだと
私たちを再び船出させる新たな心で
静かに浮き浮きするのです。
 
生きよ新しい私たち
素晴らしい日本へ

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