さようなら4月

春を悲しむ私たちへ。

いつものように書評後の
今回は『人のセックスを笑うな』の感想を
書こうと思ったのですが
あれ以上書くこともないですし
もうすぐ4月が来ますので
試験というものについて書こうと思います。

 
試験とは本来は
受験者に勉強をさせるためにありました。
ところが今では
人間を切り捨てる行事になっています。
 
私たちが最初に受ける試験は
だいたい学校入試でしょう。
そして高校受験までは
一部の人気校を除いて
合格になる人の方が多いものなので
あまり問題視されません。
 
それが入社試験まで来ますと
落ちる人の方が圧倒的に多くなりまして
本当なら同志になるべき人たちが
それ以後はいがみ合って
悪い環境を作ってしまいます。
 
私も言われました。
「君は社風に合わない」って。
 
誰だって入る時には頭を下げたはずなのに
いつからその人が社風になるのでしょう。
その割に才能ある新しい風が欲しいとか
わけのわからんことを言うものです。
雇われ人事が思い上がって
俺の会社、俺の業界、だと
勘違いしている現場を多く見かけます。
 
それでちょっと前までは
お祈りメールが流行っていたのに
今年は人手不足だから誰でも欲しいなんて
人を馬鹿にしているとしか思えませんね。
 
小説界隈の文学賞はもっと酷くて
500人応募の推理賞から
5000人応募のファンタジー賞まで
合格するのは毎年各一人です。
新しい才能の応募をお待ちしております!
なんて募集されていますが、あれ大嘘です。
みなさんはこの20年の間に
新しい才能を見たことがありますか?
 
川端さんの時代には
文学を盛り上げようと目的をもって
全体のレベルを高めるために
文学賞をやっていたわけですが
今となっては
入社試験のような切り捨て行事なのです。

 
それでですね。
試験に落ちた4月はまるで
自分のおでこに出来損ないの烙印を押されて
笑顔の集団の横に立たされる罰ゲームを
やらされている気分になるでしょう。
 
今日、私が言いたいのは
その憂鬱はいらないということです。
 
試験は有能な者が残るのではないのです。
在籍する者の保身のために行われますから
むしろ有能な者ほど落とされたりします。
特に入社試験なんて内部情報を知ると
酷いものですよ。
 
どんな無能が椅子に座っても
業界は前に進みません。
しかし無能ほど椅子にしがみつきますから
そういう疫病神が椅子に座ったら
もう落ち目なのだと諦めて
見切りをつけるしかありません。
 
逆に言えば
自分が何も知らないままその椅子に座って
そっち側の人間にならなくて済んだと
腹をくくれるわけです。
潔く未練を断ち切って
自分を蔑ろにした会社の関連商品を
以後二度と買わないこと。
それを使う人と付き合わないこと。
 
最初はしっかりと頭を下げて
仲間に入れてもらえるようにお願いして
それでも先方が縁を切ると言うのなら
こちらも向こうが望むように
一切の関わりを断つべきです。
 
浮かった人はおめでとう
がんばってね
さようなら!

 
どうせ最終的には他人に頼らず
一から全部、自分独りで、作るしかありません。
これはどこの誰でもみんな同じ条件です。
クリエイターに必要なのは
その覚悟のみ。
 
幸いにして今はインターネットがあります。
大企業やクイズ大学のアドバンテージなんて
ほとんどなくなる時代が来ました。
勝者も敗者もみんな椅子から立ち上がって
良いものを作り始めるのは今です。
 
だから憂鬱な4月を迎える人たち
元気を出しなされ。
あなたたちこそ未来の可能性なんだ。
 
勉強を続けましょう。

この記事へのコメント

  • いつも刺激的で面白いメッセージをありがとうございます
    特にいうことはないのですが、お体に気をつけてこれからも更新頑張ってください(*゚▽゚)ノ
    2019年04月25日
  • 批評界の管理人

    温かいお言葉を
    ありがとうございます (´;ω;`)ブワッ
    2019年04月26日