欲しがる者から取れ

『羅生門』が面白かったです。
 
以前は高校生の頃に読んだ気がしますが
その時は全く分かりませんでした。
今日は考察がちょっと長くなりましたので
お暇な時に読んで下さい。
 
盗人になりたくない人は盗人になる。
この論理を真実だと信じられますか。

 
なりたくないなら
ならなきゃいーじゃんと
普通は思いますね。
ならなくても良いのなら
もちろんならないんです。
小説の下人だって職を失わなければ
盗人にはならなかったでしょうから。
だけど、誰かがならなきゃいけない場合に
なりたくない人ほど率先してなるわけです。
 
どうしてこんな事が起こるのか。
先に答えを言いますと
人は道徳(社会正義)を失くした時に
考えている事をやってしまうからです。
 
盗みがあって物を取られる人がいて
そんな社会を嫌だと日頃から思っている人は
盗みをしません。
しかしその社会正義が崩れてしまうと
盗む思考のみが残ってしまいます。
盗まれたくない盗まれたくないと考えた事が
頭の中に盗みの考えを残してしまい
それを抑える正義がなくなれば
盗みのスペシャリストが誕生します。
 
私たちは世の中に善人と悪人がいると
勘違いしますが
それを決めているのは本人ではなく
正義を見張っている周囲の者たちです。
この審判者がいなくなってしまうと
何が善か悪かなんて分からなくなるのです。
 
例えばサイバーセキュリティの研究者が
悪のハッカーからインターネットを守ると
こう言えば善人に見えてきますが
安全のためだからと一般人のPCに侵入して
情報収集を始めたら
やっている事は悪のハッカーと違いません。
彼らは善人だから勉強している
というわけではなくて
興味があるから勉強したところに
たまたま攻撃側につくか守備側につくか
その行為を見張る第三者の道徳によって
善か悪か判断されるのです。
 
つまり取られる事を考えるのと
取る事を考えるのは同じなんです。
私たちは
取る人と取られる人の二者しかいないと
そしてこの二者が同じとは何事か
と思いがちですが、実はその中に
取らないけれど取る事を考えている第三者が
取られる側に混ざって(被害者面をして)
大勢いるのです。
そして自分の隙と相手のチャンスを常に
見張っています。
この第三者は正義の審判者ですが
道徳が崩壊すると真っ先に悪人となる
スペシャリスト予備軍です。

 
さて、
文学を落としめたくはないのですが
実利の事ばかり気になる人が多い昨今ですので
今日は特別に下衆く考えてみますね。
 
お金の稼ぎ方にも当てはめる事が出来ます。
物を売る人と買う人がいて商売が成り立つ
と考えるのが経済の健全ですよね。
だから真面目な商売人は
物を作ってそれを欲しがる人を待ちます。
ところが現代はそれだけではないのです。
お金を欲しがる人にお金を売る
なんて商売が成り立っています。
 
金融商品は全てこれです。
「時間をかければお金が増えますよ」
というのが表向きの売り文句ですが
本当は逆でして
お金というのは未来に自動で増えますから
増える予定の未来のお金を売るという約束で
今の代金を支払わせるのです。
金融商品を買った人はその瞬間には
何の商品も手元にないわけでして
ただお金を取られた人に
なってしまうわけなのです。
 
解りますか。
「お金を欲しい人はお金を支払うのです」
 
これはどういうメカニズムかと言うと
売る側も買う側もお金を増やしたいのです。
先に説明した攻撃者と守護者の関係に同じく
両者の考えている事は一緒なんです。
買えば増えるし売れば増えるとなれば
売買はどんどん成立しますので
この商売は成り立ちます。
 
未来が来ると出資者は
資産の数字が増えるので儲かった気がしますが
経済の全体資産も増えていますので
相対的には儲かっていません。
こんなマジックみたいなものは
最終的に破綻するんじゃないか
と言うと本当にそうでして
バブル崩壊というのが
この魔法の商売には必ず起こります。
 
しかしここから
売りたい人は買いたい人
買いたい人は売りたい人
だと言えるのは解ると思います。
売る方も買う方も同じ事を考えているのです。
 
他にもスーパーマーケットなんて
これを上手く使いますよね。
激安割引券なんて配って儲かるのかと思いきや
買い物を安く上げたいと思う人は
安い物を買う事をやめられなくなって
たくさん買ってしまうものです。
あとはギャンブルもそうですね。
お金が儲かりますよと誘惑して
実際はお金を取り上げます。
商売と言うより詐欺なんですけれど。
 
欲しがる人からは取れるのです。

 
もう一歩踏み込んで考えてみましょうか。
ここまで言うと嫌がる人もいると思いますが
労働と貧困の関係もこれで説明出来ます。
 
お金を欲しいから人は働きます。
そのせいで裕福と貧乏が生まれますよね。
本当はみんなが働かなければ
貧困は生まれないんです。
しかしみんなが働くと
貧乏が怖くてやめられなくなって
ずっと労働してしまうから
社会の貧困はいつまでもなくなりません。
 
これを経営者は利用します。
ずっと働いてしまう社員を働かせて
働かない社長はお金を儲けるのです。
すると貧乏人は働けば働くほど貧乏になって
貧困から抜け出せなくなります。
 
例えば車を作る会社では
その手で作らない社長が大儲けをして
工場の作業員は働き続けているのに
生活は変わらず
むしろ社長との資産の差はひらく一方です。
仮に会社が潰れてしまえば
仕事も収入もなくなるので
社長と社員の資産差はひらきません。
社員が働いてしまうから
社長は儲かるわけです。
なぜ社長は働かないのか。
もし働く人だったら
社員になってしまうからです。
社長は貧乏を怖れませんが
それよりも社員になる事を怖れるのです。
それは貧乏になる事だからです。
 
自ら率先して働く立派な社長もいますが
そういう人は嫌になってしまうと
事業ごと辞めてしまいます。
やりたくてやっている人は
満足すると止まってしまいます。
仕事が嫌なのにどうしても働いてしまう
という癖がないと続かないんです。
それはお金を欲しくなってしまうという
病気的な興味なのです。
 
みんなに仕事を与えて貧困をなくしましょうと
政治家や官僚は言うものですが
そんな世の中は絶対に来ません。

 
ちょっと説明が混んでしまいましたが
つまりは興味です。
何か人の行動について疑問が湧きましたら
そこには興味と、
それを抑える道徳的思考(社会)がある
という視点から入れば
大体は理解出来ると思います。

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