日本文化をどこに求めるか

今これに多くの日本人が迷っているようです。
 
昨年の渋谷ではハロウィン祭りの若者が
軽トラックを引き倒す事件が起きました。
あれを見て気づいたのです。
あの子は御神輿を欲しがっているのだと。
 
前の夏には私も近所のYosakoi祭りに
ムカついた話をしました。
あれもそうです。
どうやら見失った日本文化を
彼らは祭りに求めているようです。
 
今回の批評で『今昔物語集』を読みましたから
この機会に論じておこうと思います。

 
先に「文化」について確認します。
物事を文に化すわけですから
文化とは言葉のことになります。
つまり日本文化とは日本語です。
余談になりますが英語圏の「culture」は
cult (信仰)のことですから
宗教になります。
まったく別の概念ですので注意して下さい。
 
では日本語とはなんぞや。
これが解れば日本文化が見えるはずです。
ところが、これが現在では
大きく3つの考えに分かれていて
確定出来ない状況にあります。
 
1つめは、平安文化を起源とするもの。
2つめは、鎌倉文化を実績とするもの。
3つめは、現代日本語です。
これを簡単に言いますと
本の出版が流行した年代なのです。

 
平安時代は皆さんご存知でしょう和歌です。
遣隋使などが漢語の書を持ち帰りまして
こりゃいかん真似をしなきゃと
製本が始まったのだろうと思います。
その時に歴史書として作ったのが
『古事記』や『日本書紀』などで
民間でも漢詩を真似して和歌を作り
『万葉集』や『古今和歌集』などが生まれます。
 
この時に中国を習って漢字を輸入しましたが
日本語を平仮名にしてどちらも使います。
たまに平仮名は女性言葉だったと嘘を教える
おかしな者がいますがそれは間違っていて
和歌を見れば分かりますが男性も使いました。
つまりそれまでは
書かずに話していた日本語があったのです。
それを文字にする必要が出来まして
漢字をお手本にしつつ
日本語との融合を試みたわけです。
これが初めて本に書かれた日本語になります。

 
ところがこれは
平安貴族の一部の考えをまとめたものですので
神様とか恋愛とかに頭を巡らせるだけの
およそ文学とは呼べない拙いものでした。
そこに仏教を輸入して
民間にも文学を勧めたのが鎌倉時代です。
およそ400年後のことでした。
 
『今昔物語集』もそうですがこの頃から
沢山の本が書かれるようになります。
幕府は仏教の教えから道徳を作りたかったので
僧侶たちに本を作らせたのだと思います。
これを全国へ広めて語り
私たちの生活の中に文化が芽吹きます。
すると日本人にとっての文化とは
この時に始まったものだとも言えますよね。

 
ところがところが
それからおよそ700年後
幕府が終わって明治時代が来ると
言葉を整理しようという計画が持ち上がります。
この計画は今もまだ完成を見ないまま
改良しつつ運用されています。
漢字は旧字体から簡略して新字体を作り
仮名は現代仮名遣いとして読みますので
私たちは今から100年より前の書物を
読むのが難しくなってしまいました。
しかしこの言葉を使って
今は膨大な書物が生み出されています。

 
言葉は時代によって変わるものだと
嘘を教える学者もいるようですが
公共の言語というものは政治的なものですので
自然に変わるものではなく
為政者によって変えられるものです。
 
日本ではその大きな変化が
3度あったということです。
私たちの先祖はそれを経験していますから
どれが良かったと今も
ぴーぎゃー言い合うわけですね。
だから日本語はいつまでも確定しないのです。

 
では物事についても考えてみましょう。
文化は物事を文化するわけですから
文字になる物事は大事な要素になるはずです。
 
例えば
平安時代の前に日本は無かったのでしょうか。
もちろんありました。
本を作らなかっただけで
実は文字もあったでしょう。
けれども本として残っていなければ
今では分かりようもありません。
神道を=神社にするのも本当は暴論です。
平安京の人たちが勝手に本をまとめて
自分たちが日本の中心だと言いたいがために
日本神話を使ったわけなのですが
しかし神話とは名ばかりで
たった1300年前の創作なのです。
今は100年生きる人がゴロゴロいますから
古く見えてもそれ13人程度のものです。
 
これには国内の東西の争いもあります。
平安京の文化は日本全土のものと言えません。
西方の一部地域の文化です。
しかし東に別の言葉が残っているかと言うと
これが無いのです。
なぜなら幕府によって鎌倉文化が
全土を支配してしまったからです。
支配を免れた北海道や沖縄は
だから現代まで言葉を残せました。
それも現代日本語の支配によって
もうすぐ消滅します。
 
冒頭に書いたお祭りなどは
平安書物を元にした西方の行事ですので
東には真似事のものしかありません。
さらに首都の東京は異文化混ぜこぜ
なんでもありの世界になっていますから
現代の新しい言葉を使って
歴史的なものは何も分からなくなって
だから海外のハロウィン祭りを輸入しても
軽トラックを引き倒して倒錯するような
わけの分からないことが起こるのです。

 
この説明で日本文化について
かなりクリアに見えるのではないでしょうか。
西の人たちは癖みたいなもので
京都だ平安だ邪馬台国だ伊勢だ出雲だ云々と
自分たちを起源から誇張したがるのですが
歴史的な長さで言えば他の地域も同じです。
東の人たちは素直を超えて愚かというか
何でも受け入れてしまうので
いつも外に付き合わされるわけです。
そんな東の文化とは何かと一言で例えるなら
「暇」です。
東の人は威張るためじゃなくて
暇だからビルを建てたりするんですよ。
西はお日様、
東はお暇様。
 
では最後に
日本語文化を守ると豪語する私の意見を。

 
日本語の力は歴史ではなく意味にあります。

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