堀川惠子「教誨師」

horikawa.jpg三下(意味レベル):教誨師を悲しく描こうとしている。執筆が強引。
2から9(感情ステップ):著者視点の好奇心(弱2)、幸福論、戒め、死刑制度、教誨師の仏教視点による死刑囚の様子、執行(強7)、虚無、浄土について。

 
2014年。
著者:堀川惠子。編集:講談社。
伝記、43字×18行×278頁(目次5表題1白4他1)+後書き3頁+解説4頁。
構成スタイル:批評。
主張:記録。
ジャンルと要素:ノンフィクション(聞き書き)、随想(著者感想)、道徳(死刑制度について)、人情(教誨)、暴力(死刑執行)、ほか。

 
「教誨師」
 教誨師(きょうかいし)という役職がある。
 裁判で死刑が確定した者に最後の教えを説く役目を委任されるボランティアである。教誨師は主に前任者から後継を頼まれた宗教家が拘置所長より任命されるもので、教誨という説教の内容は各自の宗教に基づくものであれば基本的に一任されるようだ。死刑囚がこれを受けるかどうかもまた任意であり、教誨とは何か、あやふやな線の上にある。但し死刑囚が拒まぬ限り担当した教誨師は死刑の執行に立ち会う事が決められており、仏僧の場合は死刑囚が殺される隣で経を唱え続けるという。つまり教誨師は、死刑囚の犯罪と刑罰を諭して、速やかな執行を助ける民間代表の死刑執行人という事になるだろう。
 ところが当の本人たちはどうやら自分の任務をそうだと思っていない。誰もが見捨てた死刑囚の孤独を自分の信仰で救ってやろうと勇んでこの世界に足を踏み入れる者が多いようだ。すると死刑執行の瞬間に自分は死刑囚を救っているのか殺しているのか分からなくなって悩む。殺人を犯して死刑を宣告された者たちの過ちを諭すのに、その全員を自分は正しく殺すのだから、多くの教誨師は段々と何も教えられなくなっていく。すると教誨師は死刑囚の愚痴を聞く役に甘んじるようになり、教誨とは何か然るべくして、あやふやな線の上に置かれてしまう。
 しかし目を瞑ってやり過ごせる簡単な仕事ではない。死刑囚の心に温もりを与えて、立派な写経を完成させたり、共に賛美歌を歌ったりして、死刑囚の据った目に光が宿る頃にそれを裏切って奪う役目なのである。死刑囚が従順で救済が深いと感じられる程に裏切りも深くなる。こう例えて良いものか分からないが一般にも分かる話に置き換えるなら、一年内に必ず殺すと決めてペットを育てて可愛がり、懐いて慕うようになったその日に殺して、また同じく次を飼うような残酷な作業を延々と続けているようなものだ。この非道な例は犯罪なのでやってはいけないし、正常な者ならやりたいとも思わないだろうが、教誨師は自ら手を挙げて合法の上で死刑囚にやっている。こう考えると教誨師の酷さが分かるはずだ。しかし従順な死刑囚は最後まで看取ってほしいと教誨師を慕って来る。
 本書は教誨師を五十年以上も務めて全国教誨師連盟の理事にあった渡邉普相を生前にインタビューした著者がそれを聞き書きしたものである。このような拘置所内の情報を外部に漏らす事は禁じられているそうで、本書は教誨師自身がその体験を語った貴重な資料となる、はずだった。
 
「死刑と教誨」
 本書の失敗については後回しにして先ずは教誨について論じよう。何故このような裏切りの仕事が存在するのだろうか。
 現行の裁判制度における死刑とは現社会にその人が存在する権利を法律の規定に合わせて剥奪する決定を下す行事であり、それを受けた死刑囚は死をもって社会から抹殺される。言わば、社会の手に負えない犯罪者を見捨てる訳である。という事は、社会から死刑囚に改心も何も期待しないという表明でもあると言えるはずだ。ところが教誨師は法律(監獄法、現在は廃止)に規定された死刑囚を改心に導く役目にあるのだ。施行当初は公務でありボランティアではなかった。
 改心には期待しないが施すというこの矛盾した法律は宗教により成立している。社会が見捨てた死刑囚を仏教で救うという形が日本の教誨の始まりだった。見捨てて拾う。どうしてこのような回りくどい複雑な制度が出来たのか。それというのはこの法律が明治政府のお得意である西洋の法律を真似たものだったからなのだ。
 西洋社会というのはキリスト教を基盤にしている。そこでの犯罪者は反キリスト行為をする不届き者である。宗教に対する犯罪も厳罰ではあるが、何よりも宗教社会に従わない事が「罪」である訳だ。ここで教誨というのはこの犯罪者に「罰」を押し付けてキリスト教へ改心させるためにあった。故に教誨は量刑を問わず全ての犯罪者に科されて来た。西洋の法律における刑罰とはそもそもキリスト教により賠償をさせて教義を植え込むためにあるのだ。
 この刑法を、明治政府は何でも西洋からコピーするので、日本へそのまま持って来てしまった。しかし日本にはキリスト教はないし広める意思もない。だから仏教に置き換えた。それで「受刑者ニハ教誨ヲ施ス可シ」と宗教の教誨を行う西洋的な体裁を義務として、不殺の仏教が刑場の仕事に加担するという矛盾を抱えた法律が出来上がってしまった。死刑囚がキリスト教に改心すればキリスト教社会は安定するが、日本で死刑囚が仏教に帰依しても社会とは関係がない。教誨師の方も死刑囚を信者として獲得したところで結局は失ってしまう。日本では全く無駄なこの法律を演じるために仏僧が政府から依頼されて教誨を始めた訳である。
 さらにこの東西文化の捻くれは問題を起こしてしまう。日本が昭和の大戦でアメリカに負けてしまったのだ。日本を占領したアメリカはGHQ(連合国総司令部)の指導により日本の法律の見直しを行った。しかし日本の法律は西洋の真似なので西洋人が直す文面はほとんどない。教誨についてもそうだ。それなのに日本の戦犯が教誨によって日本社会や仏教に再び改心してもアメリカの得にはならないのだ。本音を言えば教誨をキリスト教に限定したかっただろう。しかし日本人を自国の宗教でもないキリスト教に改心させた上で死刑に処するというのもおかしな話だ。それでは救いのないキリスト教が悪くなってしまう。このような理由もありGHQは戦前に日本が国教と定めた神道共々、政治や法律から宗教を排除させた。それでもキリスト教まで除外する訳にもいかず、信仰は自由になった。結局は放置である。
 困ったのは教誨師の方だ。政教分離になったのだから政府省庁から仏教の教誨を依頼する事は出来なくなった。しかし法律は西洋の形のまま規定を取り除いてもらえなかった。それで法律上は教誨をしなければならないのに教誨師が職業ではなくなってしまったのだ。教誨師は、宗教を捨てて拘置所の職員として残るか、外部の教誨師となりボランティア活動として続けるか別れる事になる。今でも拘置所では職員が宗教ではない社会道徳を教誨とする一般教誨と、外部から宗教家が招かれる宗教教誨の二つの形が残っている。宗教教誨を受けるかどうかは信仰の自由から受刑者の任意になった。
 2006年にこの法律はようやく改正されて、教誨については「被収容者教誨ヲ請フトキハ之ヲ許スコトヲ得」となり、教誨は義務ではなくなった。しかし旧法を引きずって廃止はされなかった。何より現場では刑務官が執行のボランティア補助を得られる訳だし、これをやりたいと手を挙げる宗教家が後を絶たないのであるから、廃止する理由はないだろう。こうしてその意義も分からない教誨が大きな矛盾と問題を抱えたまま現在に至るのである。
 
「知りたいのはそこじゃない」
 さて、本書に移ろう。
 この本は渡邉普相という一人の仏僧が、その生い立ちから教誨と出会い晩年に至るまでの人生を劇的に描くドキュメンタリー構成になっている。中でも渡邉が死刑執行の現場を経験する場面が本書最大の山であり意味となるのは全ての読者の期待するところだろう。前述した矛盾と苦悩が一気に現実の形として現れる決定の瞬間である。ところが著者はこれを活かせない。
 と、言うのもどうやら他に書きたい事が見つかってしまったようだ。全七章の内の六章は本のタイトル通りに教誨と、教誨師である渡邉の仏教観(浄土真宗)について書かれているのだが、第三章の一つだけ教誨とは関係ない戦争と原爆について書かれている。これは渡邉が広島の生まれで原子爆弾の直撃を二キロ圏内で受けながらも偶然に生き残った数少ない一人だからだ。語られる当時の光景は生々しく新鮮で、はっきり言ってしまうと死刑よりも凄まじい。著者はこれを逃したくなかっただろう。
 そのため本書は渡邉の精神の根幹に被爆体験を持って来て教誨と無理矢理に結びつけようとする。このせいで本書は渡邉の人生を総括する自叙伝のような形になってしまい、確かにそれは一人の教誨師の人生なのだからタイトルに偽りはないのだが、死刑と教誨の問題を描き切れない。それに自叙伝であるならば識者でもある本人が直接に筆を取った方が確かだ。
 文章構成においてもこの強烈な被爆体験を幼少時代として第三章に持って来ると、そちらの方が興味深い分、後に続く大半の教誨が間延びする。原子爆弾の一瞬の光の中を一歩間違っただけで死んでいた体験の後に、死刑判決を受けて何年もダラダラと文句を言っている死刑囚たちの様態を書かれて、その是非を問われても感動は薄い。それでも著者は死刑囚の身の上話を小出しに撒いて興味を引っ張ったり、親鸞聖人の教義を混ぜて解説を豊かにしたりと、読者に飽きさせない工夫を凝らして面白い本を作ろうとするから、余計に何を言いたいのか分からないものが出来上がる。一つ一つはそれなりに面白いが全体は何を問題としているのか。
 どうやら著者は典型的な反戦と死刑反対の人権論者のようで、教誨師の渡邉はその全部の問題を抱える美味しい素材だったようだ。味の出そうな部分を引き出して混ぜてそれなりに料理されてしまうと、こちらとしては珍味を期待したつもりが普通の定食か何かを出されたような気分になる。最後は教誨師に疲れた渡邉が教育者という立場に反してアルコール中毒になってしまい入院するという可笑しなエピソードでまとめられるが、知りたいのはそこじゃない。禁制の教誨師から言葉を引き出してそれなりに面白い本を作ってしまう著者の手腕は認めるが、残念ながらこの本にとっては著者が足を引っ張っている形だ。
 やはり本人に聞いてみたいのは裏切りの教誨師をどうして続けて来られたのか。現場を見ているのだから矛盾には当然ながら気づいていたはずだ。しかし辞めなかった。しかも教誨師の連盟まで運営して活動を助成している。その割にインタビューを受ければ後悔の話ばかり出て来る。この変な活動について第一章四で本人の言葉として「言うとることが矛盾だらけかもしれませんがね、真面目な人間に教誨師は出来ません、ええ、務まりゃしません。突き詰めて考えておったりしたら、自分自身がおかしゅうなります……。」(P.41)と書いてある。なるほど本人は考える方を止めてしまったのだ。そして活動を続ける理由を「逃げとうなかった。」(P.40)と言う。
 ここに矛盾と裏切りの役職がなくならない理由がある。問題を解決する考えは浮かばないが逃げたくないと言うのだ。本書ではその逃げたくない理由について原爆から逃走してしまった過去の経験に向き合う渡邉の個人的な理由だと綴っている訳だが、恐らく違うだろう。死刑囚の教誨をして執行する事が原爆と関係するだろうか。広島の被爆者を見殺しにしてしまった懺悔のような言もあるが、教誨が死刑囚を救う活動どころか殺す活動なのだと本人は間違いなく分かっているはずだ。
 では何から逃げたくないのか。それがこの本には書かれていない。連盟として組織化してまで現場に強い影響力を持ちたがるその活動からして、その対象は死刑囚でも自己の被爆経験でもなく、拘置所やその運営母体の法務省であろう。教誨師を置く事で最も得をしているのは、死んでしまう死刑囚よりも、合法とはいえ殺人の経験を持ってしまう刑務官だ。死刑が正しく執行されているという事を、教誨師に民間の代表者となって証明してもらい、宗教家という識者から精神的にも殺人行為のお墨つきをもらえる訳だ。教誨師の方は何を得られるだろう。それが見えない。しかし両者は共同作業に秘密の共有までしているのだから互いに弱みを握り合っている関係なのは明白だ。
 得られるものがないのであれば、真面目ではないと自認する教誨など辞めてしまえば良い。つまり旨味よりも、辞めると不味い何かがあり、逃げられない。恐らく教誨師は白ではなく黒だ。その告白を反戦や死刑反対の方面へ綺麗にまとめてくれる著者を見て渡邉は彼女を使えると思ったのだろう。著者が渡邉を素材として使えると思ったように。
 
「聞き書きの失敗」
 最後にもう一つ記す。本書は文字、文章、構成など、それが優良に活かされていなくとも書き方としては申し分なく相当の熟練であり安心して読める。が、聞き書きという今回の手法については疑問が残る。
 聞き書きというのは字の通り、聞いた話を書くというもので、特に文化人類学や民俗学資料等の分野で著者が作れない一次資料を伝える、さらに分析する場合に役立つ。例えばある民族が彼らの文化を語る時に、その語りを一次資料として聞き書きはそれを正確に伝えつつ、二次資料となる分析を加える事が出来る。これを本書に用いると、教誨師しか知らない拘置所の問題を著者が聞き書きしてその分析を加えつつ読者へ伝える事が出来るはずだ。
 ところが本書の著者は聞いた話を正確に伝えているかどうか分からない。引用部分は丁寧に判別しやすく書かれているのでその意志があるのは確かだが、文章の大半は著者の脳内で再構成された劇になっていて、残念ながら渡邉の回想と語りから既に完全とは言い切れないだろう現場の光景を、さらに著者の思惑により並べ替えてしまって真実が見えない。本書の全てを嘘だと言うつもりはないが、真実だとも言い切れないのでは資料として役に立たない。だからノンフィクションを追求する題目なのに、読者に何か思わせてやろうとする程度の娯楽作品に落ち込んでしまっている。
 特に死刑囚の気持ちの描写は、渡邉がそのように見たという聞き書きの姿勢を崩さないように気をつけて書かれているが、本当にそうなのかどうか分からない。しかし著者はその見たこともない光景と他者の思考を読者の印象操作のために多用している。これは聞き書きにおいてルール違反だ。これではどこかに著者の恣意的捏造があっても見分けがつかない。
 ただインタビューをそのまま記事にするだけでは駄目だったのか。どうして劇的に書き直す必要があるのか。著者に問いたい。

 総じて著者の堀川にしても、語り手の渡邉にしても、真実に向かう誠実が足りない。言葉を上手く使えば聞き手を騙す事が出来て、それは救う事に繋がるのだと信じている悪意がある。しかし真実のないところに解決などあり得ない。だから教誨は堂々たる死刑の中で今日もその活動を秘密裏に継続している訳だ。
 渡邉普相は最後に「考えてみると大した仕事じゃないね」(P.267)と言い残している。

この記事へのコメント