乾くるみ 「セカンド・ラブ」THE HIGH PRIESTESS

inui2.jpg三下(意味レベル):主人公が色んな意味で残念なのは確か。テーマに消化不良があるせいで。
1から6(感情ステップ):恋愛の快楽、好奇心、愛情、知りたくない事実を、知ってジ・エンド、さらにフォーエバー。

 
2009年から2010年雑誌『別册文藝春秋』に発表、同年にまとめて本書。
著者:乾くるみ、編集:文藝春秋、DESIGN:岩郷重力+Wonder Workz。
小説、43字×18行×265頁(目次3題字1白1他1)。
構成スタイル:ミステリ形式、並びにドラマ調。
主張:娯楽。
ジャンルと要素:私小説(1980年代後半の恋愛模様)、推理(本格)、ホラー(悪女ホステスと騙され男性の恨み)、コメディ(純愛に悩む青年)、人情(恋愛)、青春(20歳代婚期)、官能(性交表現)、ほか。

 
「男と女の恋愛バトル、再来」
 あの名作『イニシエーション・ラブ』から5年。今度の主人公は歌舞伎町のクラブホステスに騙される。殺人事件を必要としないミステリートリックを用いた小説で、そのテーマが恋愛に設定されているのも前作と同じ。作者の叙述で読者を騙す作品でありながらも謎を最初に提示してその解決に重点を置く本格的なミステリー小説を目指している。
 物語は或る披露宴から始まる。その主役は小説の主人公である正明(まさあき)ではなく、純白のドレスで着飾った新婦の春香(はるか)である。新春のスキー旅行で出会った二人だけれど、正明は春香のことを春の香りというよりも夏のイメージで捉えていた。というのも、正明は歌舞伎町のホステスに容姿は春香とそっくりながら夏のように明るい性格の美奈子(みなこ)という女がいるのを知ったからだ。正明は二人が同一人物ではないかと疑ったがホステスの美奈子は免許証を見せて自分が春香ではなく美奈子であると説明する。一方、春香の実家に呼ばれて行くと春香はやはり春香だった。美奈子は生き別れた一卵性双生児の姉妹がいると正明に明かす。妖艶な美貌を同一に持つ春香と美奈子の、しかし全く正反対の性格に最初は戸惑う正明であったが、次第にその両方へと恋心を抱いてしまうのだった。これは「浮気である」と自らの純心に悩む正明。しかし「上手である」のは実は女の方なのだ。
 読者はこの物語の結末に冒頭の結婚式の意味を知る事になる。作者、乾くるみの作品を、はっきりと言えば『イニシエーション・ラブ』を、知っている読者は「作者の叙述にしてやられた!」と最後に唸りたくて、うずうずしてその瞬間を迎えるだろう。ところが今作はどうも歯切れが悪い。その理由は、読者を騙そうとだけ狙う余りに作品のテーマが絞り切れなかったからだ。
 
「セカンド・ラブ」
 タイトルの「セカンド・ラブ」には幾つかの意味が込められている。表立った「二回目の恋」という意味を読者の目くらましに使い、別の意味にひっくり返して読者を驚かせようというのだが、この狙いが外れてテーマが分散してしまっている。
 まず「二回目の恋」というのは主人公の「浮気」を表している。文中でも説明される一つ目のテーマだ。主人公は一回目と二回目を同時に進行して、これが純愛ではないと悩むことになる。
 しかしこの恋人の二人が一卵性の双子で全く同一の魅力を有しているなら同種の好意を持ってしまう可能性は十分に有り、これが「双子の恋」という二つ目のテーマとなる。
 そして主人公はファースト・ラブと添い遂げることが純愛だと決心して「二番目の恋」を切り捨てる。これが三つ目のテーマ。セカンド・ラブは結婚には至らない「二位の恋」であるというのだ。
 ところが最後のどんでん返し。主人公が「自分の浮気」だと思っていたものがそうではなかったと、ひっくり返される。それでは「セカンド・ラブ」のテーマも無意味に返るのではないかと思いきや、セカンド・ラブを仕掛けた本当の主人公はヒロインの方でしたと明かされ、これが四つ目のテーマ「自分の恋に付随する相手の恋」ということになる。恋愛は二人でするものだから、自分視点の恋をファースト・ラブと見るならば、相手の方をセカンド・ラブと呼ぶ事が出来るだろうし、相手の視点を主に見るならばその優位は逆転するのだ。自分が恋愛相手を選んだつもりになって主導権を握っているような気がしても、相手だって自分を選んだつもりでいる。主人公は自ら起こした浮気を自分の問題だと思い込んでいるが、もしもそれが相手の仕組んだ罠であったなら、恋愛の主導権はどちらが握るのだろうか。無論、互いがそれを知っているかどうかは別の問題として。
 これにより立場は逆転して主人公自身に「結婚に至れない二位の浮気の恋」が押し付けられてしまう。セカンド・ラブをやったつもりが、やられていた、というのである。
 と難しく解説してしまったが、具体的に言うと女の方が主人公の浮気を知っていてそれを楽しんでいる玄人なのだ。主人公は自ら浮気をしておきながら悩んでいるが、女は自分の手の内で浮気をさせて遊んでいる。もちろん主人公は浮気を遊ぶ女は嫌いなわけだが、どう見ても浮気をしたのは自分であり、遊ばれたのも自分である。この複雑な交錯が小説を難解にさせている。
 ちなみに、小説の最後の二行がよく分からなかった人もいるのではないかと思う。結婚式なのに結婚に至れない恋とはどういうことか、と疑問が解けない人は、もっと最悪の事態を考える必要がある。ヒロインは霊感が強くて幽霊が見えるのだ。その幽霊が一行前でガラスを「通り抜けて」来たことで彼女の表情が変わるのが、この小説最大の叙述トリックの種明かしである。

 ここまでを読むと複雑に練られていて面白そうな印象を受けるが、四つのテーマを同時に捌く力が作者に無かったと言うしかないだろう。
 問題となるのが小説の要となる純愛としてのファースト・ラブについての設定だ。正明はヒロインの春香に全てを懸けるほど入れ込むのに、先にホステスの美奈子と浮気をしてしまう。最後にはこの浮気をいけないと自覚して春香に全力を注ごうと決心するのだが、読者から見ればもう遅い。やっていることは(やられていることも)全く浮気であり既に純愛では無い。これは終章に書かれるように、正明の「初めての女」であり「二番目の女」でもあった(つまり春香と美奈子は同一人物)というヒロインの悪巧みを完成させるためのものだが、同時に主人公の誠実が損なわれてしまうから、主人公を騙したヒロインの悪性も逆に薄まってしまう。ヒロインが悪女なのは間違いないのに、読者から見ると正明が悪いようにも見えてしまうのだ。
 おそらく、浮気の恋心はそのままにして情事を未然に主人公の誠意で止めておけば最後に裏切られる読者のショックは大きなものになっただろう。例えば「いけない、僕には春香という心に決めた人がいるんだ」と主人公が浮気に立ち止まっていたら、実はヒロイン春香の方が主人公を騙して遊んでいるという酷さをより鮮明に出来る。
 ところがヒロインを解り易い完全悪にしてしまうと主人公はただ被害者として彼女の悪事を糾弾出来る立場になってしまう。この女に騙されましたと主人公が言えたなら女が罰されることで小説が終わってしまう。この悪女はその程度の玉ではなく、もっと靭(つよ)く強かで、愚かな主人公の「ファースト」(純愛)も「セカンド」(浮気)も完璧にしゃぶり尽くすのだ。美奈子という女に扮して浮気を誘い、春香という女に扮して童貞心を奪い、自らの浮気に罪悪感を感じている主人公は彼女の行いを非難することさえ出来ない。浮気が好物の彼女は二章で(そんな悪女性癖とは言わず)自分を丸ごと受け止めてくれる靭い人が好きだと言って、主人公に宣戦布告している。このヒロインは男をぐうの音も言わさぬほどに搾り尽くすのが好きな超悪女なのである。精神の全てを吸い尽くされても耐えられる靭い男性を求めて夜の商売にまで手を出している。ここでも「昼の恋と夜の恋は違う」という「セカンド・ラブ」の意味や、第一印象とは違う情欲の本性という意味が表される。
 P.236ではヒロインと性交した主人公が「これで春香のすべてを知ることができた。僕のすべてを教えることもできた」と得意になると、実は主人公がヒロインの本性を全く知らないのにヒロインは主人公の全てを味わい尽くし完全勝利の瞬間を手にしていて、精読すれば確かに面白い。だが、初見の目にはこの主人公が愚かだとしか映らない。一人二役で双子の振りをしている女の嘘も見抜けず(そんな馬鹿なことは現実にはありえないだろう)、自分で浮気をして置きながら相手の浮気を知れば悩むという情けなさで、しかも事の全てをヒロインのせいにしようという弱さ、最後は友人の尚美から聞いた「ヒロインがかつての恋愛で落ち込んだ方法」でやり返そうという女々しさ、どれをとっても主人公の負け犬っぷりが際立つだけだ。
 すなわち、作者は悪女の強かさを描こうとしたのに、対となる主人公の弱さが相対して目立ってしまう。これは一つ目のテーマである「浮気のセカンド・ラブ」を、「自分がやったと思ったら実はやられていた」という第四のテーマ「男女間のファースト・セカンドの逆転」に転換しようとして失敗しているのだ。やった、やられた、男女どちらが上か、作者はそう考えているが、読者には浮気沙汰に翻弄されるどちらも愚かにしか見えない。こんなに強い悪女なのにどうしてこんなに弱い男をターゲットにしているのか。主人公が純心をしゃぶり尽くされたとしても結局は不純な浮気心を持っていたのがいけなかったのではないか。そう思えてしまう。
 つまり『イニシエーション・ラブ』に見られたような、純愛としてのファースト・ラブをしっかり描けなかったせいで、ただの変な男女になってしまった。物語を引っくり返して読者を驚かそうと狙い過ぎているから、基礎となる大きなテーマを掴み損ねているのだ。トリックに使われる第二のテーマ「一卵性双生児」という設定はプロ作家が絶対に使ってはならないくらいダサいテーマでもある。それを使ってしまったらホステスの悪女より、双子という特殊な状況の方が目に付いてしまうではないか。第三のテーマ「一位の恋」になれず結婚出来なかったのも、こんな有り様なら結婚しない方が良いと読者は思ってしまう。

 この複雑な状況をまとめるために、作者は大胆にも、序章で一人二役のトリックを先に明かしてしまうという暴挙に出る。本末転倒とはまさにこれを表す言葉である。
 第四のテーマ「男女のファースト・セカンド主導権」を恋愛バトルとして、そこを見せたいんだという作者の気持ちは分かる。しかしそれなら双子設定なんて持ち込まなければ良かったのだ。事件の前にトリックを明かしてしまうトリックに意味など有るのか。複数のテーマに手を出して起こる不調和に加えて、この執筆の乱れは小説に致命的である。二つの意味をいくつも引っくり返していたら作者自身がよく分からなくなってしまったのだろう。ミステリー小説としても出来が悪い。
 序章と終章を見比べると、ヒロインに抱く夏のイメージとか、効果的に使われていない伏線も転がっている。本当は二人のヒロインを入れ替える算段があったのか、あるいはミスリードのためか、どうも執筆途中で迷った形跡があり、終章の種明かしが綺麗に落ちていない。最初に本格ミステリーよろしく謎を提示したのもこの小説では活きず、『イニシエーション・ラブ』のように曖昧に始めた方が良かっただろう。
 途中で出てくる倉持という男の、女体木像を家の中でひたすら彫っていて夜逃げするという、行動もよく分からない。婚約指輪を買う宝飾店で店員がヒロインの指のサイズを二号も間違えるのもおかしいし、嘘を付いて違うサイズを買わせるヒロインの行動も変だ。終章で明かされる「あの時の電話の会話」も少し違っていたり、他にも齟齬が見つかるだろう。作者は連載に追われて実力が発揮出来なかったのではないだろうか。
 
「僕と僕の二重視点」
 もう一つだけ特筆しておく。それは視点の使い方。一見すると主人公視点と作者視点が混在した散文のような形にも見えるのだが、よく見ると特殊な表現力を発現している。
 作者視点の感想文がこの小説では実は「今の僕の視点」であり、物語の「過去の僕の視点」に混ぜられている。普通はこのような書き方をしてしまうと、過去の自分がその時に見た事実に悩む場合、今の自分は結末を知っているのだから同調するのはおかしくなってしまう。
 ところがこの小説では、この形を使って今の自分が「未だに問題を解決出来ていない」ことを証明している。自分の何が間違っているのか未だ気づいていないから、過去を振り返ってもその度に同じ疑問を持って悩んでしまうわけだ。つまり悩んでいるのは過去の自分ではなく今の自分の方で、結末を知っても悩みは解消されず、だから主人公は浮かばれること無く永久にヒロインを追い続けることになる。
 この書き方は間違いであると読者から誤解されそうな危険をあえて冒し、一応の成功を見せているところは賞賛されるべきだろう。文章は面白いので、しっかりとテーマが消化されていれば、傑作に化けた可能性が十分にある。

 作者はどうしてこんなに女性を疑うのか。女性は悪に決まっているという安心感(?)のようなものが作品に蔓延して、二つの意味を引っくり返した程度では驚けないほど、作品を鈍重にしている。この作者が大どんでん返しのハッピーエンドを書く日、それが一番、驚愕のトリックになるだろう。



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この記事へのコメント

  • 通りすがり

    あなたの決めつけが凄すぎて、ゲンナリしました。あの小説は作者があえて真相の全てを明らかにせず、読者にゆだねているので、そこは読者によって解釈に差が出ます。そういうことを考えもせず、「作者の狙いはこうだったが力量不足でできなかった」と、断言してしまっていることに心底呆れます。あなたの解釈の仕方はバカ丸出しです。
    2018年09月16日
  • 批評界の管理人

    閑古鳥さん

    あれだけの捨て台詞を吐いておきながらまた書き込みに来て恥ずかしくないのですか。
    コメントで負けたのがそんなに悔しかったのでしょうか?
    あれは許してあげますから、もう来なくていいですよ。
    2018年09月17日

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