坂口安吾 「堕落論」

ango.jpg四(意味レベル):説得力はある。しかし万能の理論ではない。
6から9弱(感情ステップ):敗戦を受け、社会の崩壊と虚しさに、美を説く。

 
1946年雑誌『新潮』発表、1947年単行本(銀座出版社)、及び1990年『坂口安吾全集14』(筑摩書房)より、青空文庫編。
著者:坂口安吾、編集:新潮社、銀座出版社。
評論、7877字(堕落論)+7865字(続堕落論)。
構成スタイル:批評。
主張:啓発。
ジャンルと要素:随想、社会、倫理、道徳、ほか。


 太平洋戦争の終戦から間もなく発表された本論は、敗戦の政治的責任が誰にあるか、国民はこれからどこへ向かえば良いか、また反省すべき点は何にあったか、等々と、方々で勝手に叫ばれる混乱状態の日本社会に対して、日本を真に修正するためには戦前の論の問題を探るより先に、今だからこそ見られる我々の本性を見定めなければ成らないと啓発する。負けた事ばかりを騒ぐな、今の自分達を受け止める事から始めよ、と言うのだ。
 ここで言われる「堕落」とは「敗戦」のことである。戦時中の日本は堕落しないように努めて来た。そして負けた。ここで早くも敗戦の堕落から立ち直ろうとする動きが出て来て、騒ぎ始めたのはその表れであるが、坂口安吾の目から見ればこの敗戦に徹底的に甘んじて自分達の弱点を見出すところまで行かないと、その修正は出来ないだろうと言うわけだ。すなわち修正案を出したところで、日本人の習性を知らなければ結局また同じ結果に戻ってしまうだろうと、つまりは天皇制やら武士道の精神やらを書き換えたところで、日本人の何かが変わるわけではないと言う。ここは堕ちるところまで堕ちて、アメリカの自由に浸る事から、自分達を見つめ直すべきだと。
 この論が決め手となったかどうかは分からないが、戦後日本はこの主張の通りに動いた。日本はアメリカの属国だと揶揄されるまでに堕落した。しかし日本人は弱いから、堕落するのが怖くて永遠には堕ち続けられない、すなわちどんなに堕落してもアメリカと同化する事は出来ないのだと坂口は言う。だから太平洋戦争については徹底的に負けを受け入れようと言うのだ。
 この論は決して個人が自堕落に生きる事を推奨したものではない。堕落生活が幸福をもたらすとか、堕落こそが人間の本性を発見させる手段であるとか、そんな事は言っていない。堕落をしないようにと偏っていた戦前のやり方に対して、この際だから堕落を完全に解放することによって、フラットな状態に戻せという程度のものだ。つまり要旨は戦前の体質を完全に破壊してしまえということであり、それが戦前に堕落と言われた行為であり、これを避けていたら戦前の体質とこの敗戦から救われる道は無いと主張する。
 今回これを解説するにあたって、私の読解による現代感覚での意訳を試みたが、これが無二の正解とは言い切れず、やはり作者の深意のニュアンスを読み取りたければ原文を読むしかないという事に注意してほしい。再読と考察のお供にどうぞ。
 
「まず、日本人の本性を見よ」
 下に収録した私の意訳において、意味の大きく変わる箇所に行間を空けて七段に分けた。
 一段目は「日本人の本性を見よ」という。敗戦による日本の変化を見て、戦争から戻った男達と、夫を戦争に送り出した未亡人達が、国家の理想に反した新しい生活を始めている。これが世間で言われる堕落の現実だろう。民衆は戦前の理想こそ美しいものだと思い変化を嘆く。しかし作者は敗戦によって変わった生活は表面だけであり、こうなる精神は元から人間の本性としてあったのだと論説を切り出す。
 二段目では「その本性的弱点を抑えようとして軍部の規律が生まれた」と指摘する。つまり「堕落する本性」があるのを知っていたからこそ軍部は規律を作ったのだろうと。軍人政治家が未亡人の恋愛についての執筆を禁止したのは、やがて新しい恋愛に動いてしまう女の本性を軍部が分かっていたという証明ではないか。それと同様に、兵士を統率するために、武士道などという規律を作ったのではなかったか。そういうものをでっち上げると日本人は従い易いという習性を歴史から嗅ぎ取った政治家がいたのだ。
 三段目では「天皇制にも同じ本質が見える」という。天皇は神か人間か。または天皇の戦争は正しかったか。世間ではそう議論されているが、この戦争は天皇が仕掛けたものではなく、軍人政治家が計画したものだ。崇拝するものを欲しがる日本人の習性を逆手に取った政治家によって、天皇はいつの時代も担ぎ出されてきた。すなわち天皇制は日本政治の策謀に常々利用される日本人独特の政治作品と言える。
 四段目は「美しさは相対する二面を持つ」ということ。ここで本論は堕落のテーマに戻り、一般的には堕落が醜悪だと唱えられて来たわけだが、そうとは言い切れないと言う。純粋な処女だけが美しいかと問えば、それが一般感情でもあるのに、人生の落差を知らないことには美しさは語れないとも言われる。二十の女がその先の老醜を嘆いて自殺すると、それはいけないと思うものだ。果たして堕落する前の純粋だけが美しさか、堕落までも含めての人間の美しさか。
 五段目ではその説明として「戦争の風景は美しかった」と説く。人々は堕落に向かわず、それまでの日常を守るように生活しているのに、敗戦の運命を無心で受け入れていく。敗戦は堕落だと言って国民に理想を追求させた軍部の言い分とは大きく異なり、精神は堕落を見ないまま、爆撃による敗北の中で暮らしていたのだ。それを無心で受け入れるが、しかし爆撃には興奮して、生命感覚は充実している。こんな状況に立たされた人々を見て、最も愛情をかき立てられたと言うのだ。すなわち、政治に統制された純粋な美しさよりも、破壊されて醜くなった世界にこそ愛情が湧いたと言うわけである。
 六段目で作者は「我々が見てきたのは全て幻影だ」と結論する。結局は美徳も堕落も政治に作られた幻影であり、美を求めて生きるから美しいのではなく、ただ生きる事にこそ美が宿ると開眼する。軍人政治家の目指した幻影の美しさが戦争によって破壊されて、ようやく日本人は本来の人間の姿を取り戻せたのだ。つまり、軍部の言っていた美しい世界は存在しないし、求め続けても美しさは手に入らないから、それで救われる精神も無い。だから反する堕落によって醜くなる事もまた無い。
 そして七段目は「堕ちる以外に道は無い」と締めくくる。これまで堕落と言われて来たものを認めなければ、これまでと同じように我々は自分自身の美しさを知り得ない。政治の規律を変えたところで精神は救われないのだ。
 
「表裏一体の思想」
 つい昨日の事、NHKのドキュメンタリー番組では日本人の残虐な醜悪を捨てて美しい友情を育もうというプロパガンダに勤しんでいるのだった。醜悪を捨てて美しくなろうとする政治の無駄を説いたこの批評から70年を経て未だにである。人間本来のバランスを著しく欠いた幻想の理想を求めて、人々の意識を変えれば何とかなると思う愚かな願いは、坂口安吾の目の前で爆撃により「偉大な破壊」をされた。坂口はどうやらそんな表面的な美しさなど「粉々になってしまえ」と喜んでいたようだ。しかし私たちがその愚行を繰り返してしまうのは、どうやら日本人の習性によるものらしい。
 戦争の責任と社会の修正ばかりに目が行っていた当時の人間にとって見れば、本論はまさに目からうろこの斬新さであったろうし、現代の我々にとっても、戦争が美しかったという説得力は申し分なく届いてくる。例えるなら映画『ゴジラ』のようなものだ。放射能汚染と人間の醜態について説く映画なのに、その作り手は実は町のセットを如何に破壊するかを楽しんでいる。凶暴なゴジラが私たちの町を格好良く爽快に破壊し尽くしていく姿を、坂口は空襲によって目の当たりにしたわけだ。そしてそこにはフィクションのプロパガンダなどは無く、人々は日常と変わらずに美しかったし、窮状が返って、ただ生きる事の愛おしさをかき立てたと言うのである。
 政治の反省と再生を国民は望んだが、廃墟を生き抜いた坂口には、そんな表面的なものでは人々は救われないという事を肌に感じていたのであろう。むしろ民衆は、戦争を起こしたというより、ただ軍政府の決定に従ってしまっただけだし、天皇を崇拝してしまうものだし、新たな政府を作っても同じように従うだけでは、いつまでも政治家の思惑に歩かされるだけだ。そう言われたら今日も、我々は政治に文句を言いつつ、その決定に従う事しか出来ていない。無論、政治に反発すれば良いというわけでもない。どうしたら日本人は幸せになれるのか、誰かに任せて同調するだけでは駄目なのだ。
 では、どうすれば良いのか。これを坂口は言わない。わざと言わないというよりは、やはり坂口も分からないのであろう。彼は中段において生きることは不思議で分からないと言う。つまり、こうすれば幸福になれるという結論は見つからないが、政治に期待をして、国民を新たな思想で統制したところで、そこに救いは無い事だけは分かると、だから一度全部壊してしまえと言うわけである。
 その通りにして、日本はもう戦後世代が一生を終えるところまで来た。答えは出たか。どうも怪しい。まだ、また、プロパガンダをやっている輩がいるくらいだ。坂口も本論で結論を焦った節があり、こうやって愚行を繰り返すのが日本人の習性によるものならば、まずはそれを理解しろと言ったところで、どうしようもないのではないかという不安がよぎる。我々の習性を知ったところで結局、何も変わらないのではないか。つまり堕落を認めたところで、適度な堕落に落ち着くだけで、救いは無いのではないか。
 ゆえに政治や何かに頼っても無駄だという事は正しいと言えるが、堕落が国民を救うとは言い切れない。もう我々は、堕落の末のだらしないグローバル化を見てしまい、例え幻想であろうと理想を懐かしく思うくらいに、何もかもがどうでもよくなって来ている。政治が腐敗している。あ、そう。日本企業が倒産している。あ、そう。将来性が無い。あ、そう。腹は立っても、これが人間の習性と思えばどうする事も出来ないし、どうにもならなくなったところで、なんとかするんじゃないかとも諦めている。この虚無は、充実した戦争時代には無かったのであろう。
 であるから、余りにも堕落が排除された当時は、この坂口の論ずるステップを踏むことは重要であったのだろうと思うが、余りにも堕落が蔓延してしまった今日には、通用しない。誰か坂口に代わる新しい論客が現れないかと待望される中で、結局は「誰かを待って」他者に依存したい日本人の習性を思い知らされる事になるのかもしれない。
 日本人って、だから駄目なんだよねって、言った後どうしようか。

 
『堕落論』意訳
 醜(しこ)の御楯(みたて)となり天皇のために死のう。そう言って花と散った若者達と、同じ彼らが、生きて帰って闇屋をやっている。百歳まで生きたいと思わない、いつか御楯となるあなたと添い遂げるから(ここでの解釈は「君とちぎりて」が「天皇への誓い」ではなく「あなたと結婚をして」のようだ)。男を健気に戦場へ送った女達も夫の位牌にぬかずくことも事務的になり、やがて新しい恋愛を始める。人間とは本来そういうものであり、変化したように見えるのは表層だけだ。
 昔、赤穂四十七士が処刑された理由の一つには、彼らが生き恥をさらして、折角の名声を汚してはいけないと思う老婆心があったそうな。この傾向は今も残り、美しいものを美しいままで終らせたいということは一般的な心情の一つのようだ。童貞処女のまま愛を終わらせようとした学生の心中事件にも世間の同情は大きかった。私も姪が二十一で自殺した時、地獄の人生に堕ちる前の、美しいうちに死んで良かったような気がした。

 この戦争中、文士は未亡人の恋愛を書くことを禁じられた。軍人政治家は女達に死んだ夫のための貞操を守らせたかったのだが、女心の変わり易さを知っていたから、禁止条項を案出したのだ。
 武人というものは女に浮つかないものだと言われるが、それを信じるのは浅はかで(本当はそう言うことで兵士の情欲を抑えつけるためで)、軍人政治家の案出した武士道などという無骨精神は人間の弱点に対する防壁が真の狙いだ。
 武士道から忠臣する者などいるか。武士は敵討ちとして規定された名誉に従うだけだ。元来日本人というものは最も憎悪心の続かない民族であり、昨日の敵は今日の友という楽天性が偽らざる本性だろう。(武士道をもつ我々は)生きて捕虜の恥を受けるな、という軍部の規律は、敵にも仕えてしまう従順な我々の弱点を抑えるためのもので、日本人の本性とは逆のことを規定しなければ日本人を戦争にかりたてられなかったのだ。日本戦史は武士道より権謀(権力行使と謀略)であったと我々の本心を見つめれば分かるだろう。軍人政治家は未亡人の恋愛についての執筆を禁止したように、武士道(という名の禁止条項)によって自分と部下達の弱点を抑える必要があったのだ。
 小林秀雄は政治家というものを、歴史の流れにそって管理支配し、独創をもたない人種だというが、必ずしもそうではない。政治は政治家の個性が集まって別個の巨大な生き物になり、その歴史において独創的だ。この戦争をやったのは東条であり軍部であるが、日本という巨大な生物の意思でもあったのも間違いない。日本人は戦争に向かう歴史において従順な子供にすぎなかったが、ここにきて武士道なるものが案出されたのは、誰の考案というより、我々の習性を見抜いた歴史という生物の嗅覚であろう。その武士道は、人間の本性を抑制するための非人間的な禁止条項であるが、見方を変えれば、人間性を見抜いた人間的なものであると言える。

 私は天皇制についても極めて日本の独創的な政治作品だと見る。天皇制は天皇が生み出したものではなく、いつの時代も政治家達の政治的理由により天皇は担ぎ出されてきた。
 政治家達は自己の隆盛のために絶対君主の必要を嗅ぎつけていた。平安時代の藤原氏は天皇を超えるつもりはなく、天皇の存在を使って自身の御家騒動を解決するという本能的な実質主義者である。天皇を拝むことが、自分自身の威厳を民衆に示し、また自らに威厳を感じる手段でもあったのである。
 (庶民の)我々にとっては馬鹿げたことだ。実際我々は靖国神社の前を通るたびに頭を下げさせられる馬鹿らしさには閉口したが、ある種の人にはそうすることによってしか自分を感じることが出来ないのであり、かく言う我々だって靖国ではないどこかで同じように何かを拝んで、自分の馬鹿らしさには気づかない。宮本武蔵は八幡様を思わず拝みかけて思いとどまったというし、道学者は教壇で書物をおしいだいて自分の威厳と存在を感じているだろう。
 日本人には権謀のためにも大義名分のためにも天皇が必要で、政治家達は個人的には必要を感じていなくとも、歴史的な嗅覚から実感している。秀吉も聚楽第(じゅらくだい)に天皇の行幸を仰いで自らの盛儀に泣いた。権謀が悪魔の策略だとしても、それで神に祈ることさえ不思議ではないのだ。
 要するに、女心が変わり易いから「節婦は二夫に見(まみ)えず」という禁止事項が出来たように、天皇制に表面的な真理や道理はなくとも、歴史的に洞察すれば深刻な意味を含んでいる。

 美しいものを美しいまま終わらせたいと願うことは小さな人情で、私の姪にしても、地獄の荒野をさまよい生きて欲しいと願うべきかもしれない。未完の美は美ではないし、堕ちるべき遍歴の淪落を知ってこそ初めて美とよびうるのかもしれないが、二十の処女を見てわざわざ老醜に美を見つめるべきか、二十の娘を美しいと思ってしまう私には分からない。
 反して、敗戦して気の毒なのは戦没した若者だというが、六十を過ぎた将軍達が戦争裁判で生に執着する姿を見ると、若き英霊が気の毒なのも二十の美女に求める美と同じなのか、それなら私は(若き未完の美こそ美だとして)一途に求められるのだが、生とは、わけが分からないものだ。

 私は血を見ることが非常に嫌いなのに、偉大な破壊が好きだ。爆弾の破壊を見ておののきながら激しく興奮し、それにも拘わらず、この時ほど人間を愛おしなつかしく思ったことはない。
 私は疎開せずに、ただ生き抜こうと思い、東京で爆撃を待った。予想し得ぬ新世界への不思議な再生。その好奇心に命を賭けるつもりだった。そのくせ私は臆病で、意志に反して爆撃におののいたのだった。
 けれども私は偉大な破壊を愛していた。運命に従順な人間の姿は奇妙に美しいものである。戦火に町が消え失せて余燼をたてている傍ら、麹町では、上品な父と娘がたった一つのトランクをはさんで、平和なピクニックと変わらない格好で座っている。道玄坂では、爆撃ではなく自動車事故による死体が倒れていたが、罹災者達の流れが無心の如くすり抜けていく。これは後にアメリカ兵が分析したような虚脱放心の状態だったのではなく、充実した無心であり、運命に従う素直な子供のようであったのだ。十六くらいの娘達は、苦に思わないのか、虚栄心からか、焼跡で日向ぼっこをしていて爽やかに笑顔であった。私は焼け野原にその笑顔を探すのがたのしみであった。
 あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。無心であったが、充実していた。消火活動の傍らで火を起こして暖をとる人がいて、一尺離れただけの別世界にいる。その破壊への愛情と運命への愛情に比べれば、敗戦の表情はただの堕落にすぎない。

 だが、堕落という平凡な状態を見ていると、あの偉大な破壊への愛情と運命に従順な美しさも、幻影であった気がしてくる。
 四十七士を永遠の義士に仕立てても、人間が堕落していく常を防げるはずはない。節婦は二夫に見えず、忠臣は二君に仕えず、と規約しても人間の転落は防げはしない。処女を殺して純潔を永遠に保てたとしても、堕落へのプロセスにおいて、それは虚しい幻影にすぎない。
 特攻隊の勇士も幻影にすぎず、人間の歴史は闇屋となることから始まるのではないか。未亡人の亡き夫への献身も幻影にすぎず、新たな恋から歴史が始まるのではないか。そして天皇も幻影であるにすぎず、ただ人間になるところから真実の天皇の歴史が始まるのかもしれない。
 歴史や政治は巨大な生物だ。そして生きる事は不思議だ。六十七十の将軍達が切腹もせずに法廷にひかれたのは壮観な人間図であり、日本は負け、武士道は亡びたが、これが堕落という真実の母胎によって初めて生まれる人間の姿である。生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。

 私はおののきながら、しかし、惚れぼれとその美しさに見とれていた。無心でいられた。美しさに見とれているだけで、人間について考える必要がなかったからだ。実際、戦争中の東京は嘘のような理想郷で、泥棒すらもいなかった。ただ虚しい美しさが咲きあふれていた。この状態は人間の真実の美しさではない。そして無心に考えることを忘れられるなら、馬鹿になって気楽に見とれているだけで良いのだ。
 戦後の自由を得て、我々は自分達を不可解に縛りつけていたことに気づく。人間は考えてしまうから、(規律などを作って)自由では有り得ないのだ。古来よりずっとそうだ。
 戦争の破壊によって人間が変わったのではない。人間に戻ってきたのだ。特攻隊の勇士も未亡人も、義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことで人を救うこともできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。
 戦争に負けたから堕ちるのではない。人間だから、生きているから、堕ちるだけだ。そして人間は弱いから自由に堕落し続けられず、また処女を刺殺し、武士道をあみだし、天皇を担ぎ出さずにはいられなくなるだろう。だが自分自身の弱さを克服するためには、(規律で縛りつけるよりも)正しく堕ちきる必要があるのだ。そして人と同じく、日本もまた落ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。


この記事へのコメント


この記事へのトラックバック