宮部みゆき 「火車」

三下(意味レベル):背い乗り殺人のテーマがはぐらかされ、悪意ある消化不良も。
2から5弱(感情ステップ):主人公は好奇心をもって探偵をする。犯人は自らの殺人欲求によって孤独に行き詰っていく。

1992年(平成4年)小説推理に発表、1998年(平成10年)新潮文庫。
著者:宮部みゆき、編集:双葉社、のちに新潮社。
小説、5-686頁(38字×16行)。
構成スタイル:サスペンス形式(謎に翻弄されていく)。
主張:洗脳(印象操作)。
ジャンルと要素:私小説(登場人物の生活から社会を描く)、妄想(空想話の感想が大半を占める)、推理(探偵)、人情。


あらすじ。
 主人公の本間俊介は怪我で休職中の刑事。妻を事故で亡くし、養子の息子と、隣人の男性家政婦と共に生活を切り盛りしている。ある日、義理のいとこの息子が訪ねて来て、婚約者の関根彰子が突然に失踪したので探してほしいと依頼される。本間は関根彰子が失踪直前まで勤めていた会社へ出向く事から始め、行く先々で小さな手掛かりを見つけては次の現場に出向いて聞き込む事を繰り返し、彼女の失踪の動機を推理していく。そうして、関根彰子は実は関根彰子という人物ではなく新城喬子という別人が彼女の戸籍を乗っ取っていたのだと突き止めて、ついに本間は喬子にたどり着く。


解説と批評。
「現代日本ミステリーの最高傑作?」
 この小説は、宝島社の「このミステリーがすごい!」というミステリー小説のランキング化企画において、アンケート集計より2008年までの二十年間に国内作家から発表されたミステリー小説の堂々一位ということになった。消費者金融という社会問題を取り上げ、その渦中を生きる謎の女性を追い続けるというサスペンス劇の所々に人情話を加え、そこから人間社会の真の善と悪を描き出す。と言われたなら小説の体裁は良いが、そこまですごい小説とはどのようなものかと手に取ってみても、残念ながらこの小説はミステリー小説だとさえ言えない。なぜなら、この小説の最大の特徴として、結末が書かれていないからだ。

「ミステリーには解が無ければ成らない」
 最近の出版関係者はお馬鹿さんで、自社から「ミステリー小説」を謳って出している本のミステリーの定義すら定まっていないようだ。とにかく中に「謎々」があって売れればそれは「広義のミステリー小説」なのだと言い張って、初版を売り抜けたら知らん顔をする。これに対して形式を無視した、例えば「解」が無いような、ミステリー小説は本格とは言えないという抗議が起こり、それなら「謎」と「解」があれば「本格ミステリー」、それ以外は「広義のミステリー」と言うことにしましょうよと、実に口八丁な言い訳を一般的にしてしまった。口八丁は売文業の挨拶でもあるので仕方がないが、ここで問題なのは「売れれば」の部分で、売れてしまうからこそ誰も文句を言えなくなってしまったのだ。詰まりは、口八丁に騙される読者の方が悪いということになってしまっているのだ。
 私は批評を発表する者として、ここではっきりと定義しておく。ミステリー小説とは小説のテーマが作者の説きたい「謎」であり、その「解」が書かれていなければ成らない。「謎」と「解」はミステリー小説の根幹であり、「本格」如何に関わらず二つが揃っていないものをミステリー小説と呼ぶことは出来ない。

「なぜ解が無ければ成らないか」
 ミステリー小説は作品のテーマが「謎について」書かれているからミステリー小説だと言うのは当然だろうが、そのためには「作品を統括する解」を付けないと読み手には作品のテーマが何か判別がつけられない。詰まり、小説の結論となる部分で「解」を説くからこそ小説のテーマは「謎」だったのだと分かるのだ。「解」は「謎」への探求であり、探求されない「謎」が小説のテーマと成り得ることはない。
 小説『火車』では、この結論で書かれるべき「解」どころか、結論そのものが無いので小説のテーマが謎なのかどうかさえ分からない。だからミステリー小説とは呼べない。作品に重要な記述を書かなければそれでミステリー小説になるのであれば、作家が書き損じている出来の悪い小説はみんなミステリー小説になってしまう。

「だから謎さえ無い」
 この『火車』という小説と全く同じ形式を用いて、主人公が銀行のATM機器の前で使い方に悩み続ける、話を書いたとしよう。小説の消費者金融の部分を銀行のATMに置き換えただけだ。主人公は「引き出し」の見当たらない機器を見て何が「お引き出し」なのか困るのかもしれない。「お預け入れ」を見たら犬の給餌を連想して「お預け」されると焦るのかもしれない。隣で機器に現金を補充する業者を眺めてシステムの理解に苦しみ、警備員に不審者と間違われて一旦外に逃げたり、そうして最後まで使い方が分からないまま、何かボタンを押してみようと決心して指を伸ばすところで小説が終わるとする。
 私は読者に問いたい。それでミステリー小説と言えるかと。消費者金融だからミステリーっぽいだけで、ATMなら謎は無いように見えないだろうか。誰もが思うだろう、何でも良いから早くボタンを押してみろよと。そうすれば「何が解らないのか分かる」のだから。このままではATMの謎に迫る前に主人公の苦戦を装った人情コメディではないか。
 だが、何かボタンを押してしまうとATMに謎なんて無いことが読者にばれてしまう。同様に小説『火車』でも問題のカードローンに謎なんて無いことを、解を書かないことで隠そうとしている訳だ。そもそも消費者金融の「闇」などと称してミステリーのような雰囲気を装っているだけで、金融業界の世情を知っている人が見れば始めからミステリーでも何でもないのではないか。よく知らない読者のみ、たぶらかされているのではないのか。そんなものをミステリーと呼べるものか。
 詰まり作者は解を書かずに逃げた。ミステリー形式で書き始めたは良いが、最後に犯人を捕まえて真実を吐かせてしまったら、700頁も右往左往していただけの小説に中身が無かったことがばれてしまう。それで結末をわざと書かなかったように見せ掛けたのだ。
 もしも本説に疑問を覚える読者がいるなら御自分で小説の解を想定してみると良い。この小説には犯行事後の雰囲気だけが書かれていて事件事体は何も書かれていないので、解をつけたら平坦平凡な小説、堂々と結末が無いことのみ唯一の作品個性であることが分かるはずだ。

「中身が無い」
 ではミステリーでなければ何だと言うのか、サスペンスか、そんな区別は小説の中身さえ面白ければどうだって良いではないかと言う意見にも答えたいが、見せ掛けの器の中身は残念ながら空っぽだ。
 分厚い本にやたらと長い文章が書かれていても、文章のほとんど全ては主人公の曖昧な想像を肯定した作者の感想文に費やされて、読者は確かな情報を得られない。そこに前述の「解」が無い問題が重なって解答も無くなってしまい作品の全てが妄想の話に成ってしまっている。だから読者は小説の記述に対して、そうだともそうではないとも考えることが出来ず、疑問を持つ意味も無い。作者の頭の中ではそうなのかな~と思うことしか出来ないのだ。

 加えてカードローンが社会問題なのかどうかも怪しい。作中でも弁護士の存在に気づけない者が多いとか多重債務に返済能力が追いつかなくなるとか長々と説明されるが、果たしてそれは社会問題なのだろうか。弁護士だろうと警察だろうと誰であろうと出来るアドバイスはただ一つ「金は借りない方が良い」ということだけだ。だからこれは個人の問題だと位置付けられるのではないか。はっきり言えば、貸した者と借りた人が返済を巡ってトラブルを起こしているだけでそこに社会の問題はないのではないか。
 ちなみにこの問題を「金融の闇」と呼ぶのは、借りた個人が苦しむ様を問題視したのではなく貸した業者が資金を闇で運営している、はっきりと言えば無法者のマネーロンダリングに使われているからだ。その点は社会問題とされたので今は法律で金利にはっきりとした上限を設けられてこの問題は落ち着いた。それで一時期テレビをつければカードローンのCMばかりという時代があったが、今は金融業者を逆に取り立てる弁護士のCMが全盛となったのだ。

 話を内容に戻すと、犯人の動機もおかしい。戸籍乗っ取り殺人を思いつく人物が弁護士の存在を知らないなんてことはない。闇金なら警察に相談、正規なら自己破産であっさり解決してしまう問題だ。それにカードローンであれば各業者の貸出し元本は小さいのでヤクザの取り立ては非現実的だ。それでは小説として面白くないので、この小説では借金について不思議で恐ろしい雰囲気を出しつつ、それが殺人に繋がっていく答えは書かないままはぐらかしている。詰まりは雰囲気だけのはぐらかし小説。ミステリー小説の謎どころか小説の中身も無いのだ。
 または小説に娯楽的な仕掛けがあるのかと見たが、これまた書かれてある事実が少なすぎて何の判断もつけられない。例えば真犯人が他にいるかとか、誰かが嘘をついているとか、トリックがあるとか、登場人物の名前に実在企業の名前などが隠してあって暗喩的な意味合いがあるとか、そういうことも全て「結末が書かれていないので」有っても無くても意味が無い。

「悪意はある」
 内容についての大きな問題はむしろここだ。
 小説はカードローンと借金について長い前半を費やすが、後半にいよいよ描かれる犯人についてよく読むとカードローンには苛まれていない事が分かる。犯人が行った戸籍の乗っ取りと(行ったと予想された)殺人死体遺棄や放火殺人など諸々の犯罪は、作中に「ヤクザ」と称される不明な人物の脅迫から逃れたいとの思いから始めた(らしい)身勝手なものであり、カードローンの多重債務の話は全く関係がない。犯人自身がカードローンを組んだ事実も無い。ゆえに前半十五章は全くの無意味で、印象操作のためだけのミスリードになっている。
 さらに全章を通じて肝心の真相が描かれない。まさか犯人から「私ちょっとヤクザとトラブルを起こしたので関係ないあなたを殺すね」と言われて何も抗わず殺される被害者がいるというのか。では犯行はどうやって可能だったのか。殺人より大変な死体の処分方法はどうか。そういう話が一切無い。何となく殺されているらしいという話しか出てこないので読者は何も考察できない。

 作者の悪意というのはここで、こんな無意味を約700頁も描いた狙いは意味のすり替えにあるのだろう。犯人の犯行は身勝手だが、前半にカードローンの多重債務問題を見せておくことで、犯人がカードローンで困った一般人であるかのように印象付けることが出来る。目的は何か。それは小説が在日朝鮮人において絶対タブーの「背い乗り犯罪」を扱っていて真実を明かすことが出来ないことにあるのだろうと思う。ヤクザに追われたからといって見ず知らずの他人を殺して戸籍を乗っ取れば良いと思い立つ日本人などいない。日本人は平静に暮らしたいからトラブルを嫌うのであって、戸籍や殺人といった別のトラブルで借金程度の問題を上書きしたいとは考えない。元から戸籍トラブルを抱えている朝鮮人ならば一気に解決できる方法なのだろうが。ここで小説は在日朝鮮人の身勝手な大犯罪「背い乗り」をヤクザや薄情に追い詰められて仕方なくやるしかなかったと印象操作する。
 仮に、この小説に描かれたような身内の借金に巻き込まれる形の言われなき借金苦があった場合でも、日本人であれば裁判所で正式に氏名を変える事も戸籍を変更する事も可能だろう。

「ミステリーでもないのに稀代のミステリー小説と評価される謎」
 憶測だが二つに一つだと思う。宮部みゆき本人がそっち系、またはそっちの筋から依頼を請け負ったかだ。特に発表後のテレビドラマ化と韓国映画化の流れがスムーズで、一年間では二位止まりだった小説の評価が二十年間総勢の一位に上げられるくらいアンケート投票のバックボーンを持っている。作品の中に真実は無いが、外にはキナ臭いミステリーがあると言えるだろう。
 もしも作者が完全に研究不足で在日朝鮮人問題を知らずにこれを書いたと主張するなら、前半のミスリードに意味がなかったことになるので意味レベルは、狙ったテーマも無かったと見なして、一段下げる。

「優れたところ」
 とにかくこの作者は作品に嘘をつくのが上手い。どんなに倫理観の崩れた作家でも作品には誠実なものだが、この作者の言は一から十までみんな嘘だ。次から次へとそれらしいことばかり言う。それでいて真実が出てこないように上手く隠すから、偽証を暴くのは難しい。知識の無い人からホイホイと騙されるだろう。むしろ大勢を騙す作品こそ良い作品だと勘違いしているのか悪びれる風もなく、まさに嘘をつくために生まれてきた作家と言っても過言ではない。しかしその嘘のつき方が一々丁寧なものだから、それが実を結び、小説の最終章では一般に何気ない喫茶店の一幕が緊張に溢れ、臨場感が申し分なく発揮される。

「だから逃げずにその先の下らない真実を書けば良いのだ」
 何も結論が下らなくたっていいじゃないか。そりゃ結論まで面白いに越したことはないが、作者の結論が現実的または論理的に間違っていてもミステリーとしての問題提起が面白い作品はある。『名探偵コナン』とかね。下らない落ちを見せられて、作者も毎回お話しを考えるのが大変なんだろうな~と苦笑いさせられても、ミステリーそのもの中盤までは面白かったよねという作品は沢山あるし、だからと言って下らない落ちを削ってしまったら内容も無くなってしまうのだから逃げずに書くべきだ。
 さらに期待するならミステリー小説は最後まで読まれても(種が明かされても)ミステリーであってほしい。作者が用意した答えを聞いて「そうですか」と感想を述べたら終わるようなものでは、作者が答えを最後まで隠していたに過ぎず、そんなものは作中で既に謎ではなくなっているのだ。


読者の知らない知識は「謎」ではなく、ただの無知。
読者に隠されている内容は「謎」ではなく、それは嘘。

この記事へのコメント

  • 管理人

    記事投稿後に感情ステップを見直し「5弱」を追加しました。
    2015年10月24日
  • yoetghe

     ていうか、熱心にミステリについて語ってるけど、<今ごろ>『火車』を読んでいる段階で、ミステリに明るい人だとは言いがたいよなあ。
     「ミステリーには解がなければならない」(ドヤ顔)とか言ってるけど、最近は出版社にわざわざ「あの小説のオチの意味を教えてください」とか電話してくる読者がいるっていうけど、そのタイプかな。
     お馬鹿さんは君でしょ。
    2015年11月06日
  • なんかイタい。
    2017年10月26日
  • 技巧は分かったけど、面白くはない本だった。700Pも要らないし、余計な描写が多すぎてウンザリする。好きな人にはいいのだろうな。
    2018年11月16日

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